第19話 長瀬徹哉

「この後はどうするつもり?」

忍の車に乗り込む間際に、花菜子が言った。

「明日うちの会社に行ってみるよ」

長瀬徹哉に会えば、いずみさんの居場所が分かる筈。

そんな頼みの綱が切れてしまった…

忍は、シートに凭れたまま、ぼんやりと窓の外を眺めている。

家まで送ると言った申し出を断ったのは、そんな憔悴しきった

姿を見ていられなかったからだ。

「私、明日から2週間、合宿があるから付き合えないんだけど…」

奨学制度を利用している花菜子は、他県で開催される夏季講習に

強制参加させられる事になっていた。

「うん。大丈夫。それより、勉強頑張ってね!」

あたしがそう言うと、花菜子は少し笑って頷いた。

「じゃあ」

「またね…」

走り去る車を見送り、ため息をひとつ吐く。

小山さんに電話して、迎えに来てもらおうかな…

とり合えず、喫茶店にでも入って、気持ちを落ち着けよう。

思いたって歩き始めた瞬間、後ろで叫ぶような声がした。

それが、自分に掛けられた言葉だとは気付かず、赤信号で足を止めた時

いきなり肩を叩かれた。

あねさん」

振り向くと、長瀬徹哉が息を切らして立っていた。

年上の弟を持った覚えはないんですけど…

「あの、今何て?」

「姐さん。組長の許婚だから、姐さんでいいっすよね?」

良くない!

「だから、それはさっきも言ったけど、親が勝手に決めた…」

長瀬は、きょとんとした顔で首を傾げる。

子犬のような、妙に人懐こい目を見ているうちに説明する気が失せた。

「それで、何のご用?」

そう言って、不躾な視線を投げつける。

”マトモな方じゃない”

忍の言葉は的を得ていた。

長瀬は、ワイシャツにネクタイという、恰好こそサラリーマンだったが

その髪はほぼ金に近い茶髪で、左耳にはピアス。

捲くった袖口からは、タトゥのようなものが、ちらりとのぞいている。

色素の薄い、茶色の瞳に戸惑いを浮かべながら

「いずみさんの話…本当なんすか?」

と聞いてきた。

「あなた、彼氏じゃないの?」

あたしの咎めるような声に、びくっと肩が震える。

「別れたんで…」

今にも消え入りそうな返事がかえって来た。

苦しそうに眉根を寄せる姿を見て、自分の軽率な言葉を後悔した。

「――もし、なんか分かったら、オレにも教えてもらえませんか?」

あぁ…この人は、まだいずみさんの事が好きなんだ。

唐突に、そんな思いが頭をよぎる。

「分かった。明日キャトル・レザンに行ってみるから、その後連絡

 するわ」

あたしの答えを聞くと、ほっとしたように息を吐き出し、名刺を差し

出してきた。

裏面に子供の落書きのような字で、携帯番号とメアドが書き込まれている。

「オレの連絡先っす」

そう言うと、ふわっと笑った。

その笑顔を見て、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。



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