第9話 過去の記憶

トントン―――――

不意にノックの音がした。

ミス研の部室を訪れる人物といったら、唯一の部員

小手毬綾華こでまり あやかしか思い浮かばなかった。

でも、綾華がこの部屋にノックをして入ってきたことなど一度も無い。

いつでも、ゴムマリのように真ン丸な体で転がるように飛び込んでくるのだ。

訝しく思いながらも、入り口に向かい「どうぞ」と声を掛ける。

程なくして、ドアが開かれ予想もしないような人物がおずおずと入ってきた。

同じクラスの櫻川忍さくらがわ しのぶだ。

忍は、世が世ならお姫様という、代々続く由緒正しい元公爵家出身のご令嬢。

お姫様特有の、ほっそりとした瓜実顔に腰まで伸びた真っ黒なストレートヘアー。

つり目気味の三白眼には、気位の高さと傲慢さが浮かんでいる。

「珍しいわね。忍さんがミステリー研究会に何のご用?

 まさか、入部するつもりじゃないでしょうね」

あたしの問いかけに、露骨に嫌な顔をする。

「まさか!」

「じゃあ、何しに来たのよ。冷やかしなら出て行っていただける?」

あたしが冷たく言い放つと、忍は挑発するような視線を投げた。

「あなた、まだあの事を根に持っていらっしゃるの?」

「そんなの―――子供の頃の話じゃない」

あたしが、そっぽを向いて答えると、勝ち誇った笑い声を上げた。

「やっぱり、気にしてるんじゃない」

「何の話?」

花菜子が不思議そうな顔をして尋ねる。

もう、思い出したくもない…でも、忘れられない、暗い過去の記憶。


あれは、あたしが聖ニコル女学園小学部初等科の時の事。

学芸会のお芝居が『白雪姫』に決定し、主役の白雪姫は立候補者の中から

クラス全員の投票で決める事になった。

ずっとお姫様に憧れていたあたしは、張り切って立候補した。

世が世ならお姫様の忍も、当然名乗りを上げる。

投票は、あたしと忍の一騎打ちという形になった。

いよいよ投票開始という時に、担任の先生があたし達に言った。

「いい、どっちに決まっても恨みっこなしよ」

二人とも、緊張した面持ちで頷く。

開票の結果、わずか2票差ではあったものの、あたしが白雪姫役をゲットした。

「良かったね、美月ちゃん」「おめでとう」

仲の良い友達と喜びを分かち合っていた、あたしの耳に飛び込んできた

忍の言葉。

「何よ、成上がり者のくせに。身の程を知りなさいよ」

この一言で、あたしはぶち切れた。

気付いた時には、忍の背中にを入れていた。

すぐに担任が気付いて止めに入ったので、大乱闘にはならずに済んだのだが…

その2日後、担任に呼び出され白雪姫は忍に、あたしは七人の小人の

『おこりんぼ』役に変更する旨を告げられたのだった…







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