第8話 最悪の会食

真柴涼ましば りょう』は、涼しげな顔で言った。

「初めまして」

茫然自失状態で立ち尽くしているあたしを見て

「すまんね。ちょっと緊張しているようで…」

おやじ様が、必死のフォローを入れる。

その時、あたしは見逃さなかった。

真柴が、笑いを噛み殺しているのを…

カァと顔が熱くなる。

なんて嫌な奴!


場所を、地下のフレンチレストランに移し和やかに談笑…

という訳にはいく筈もない。

真柴が、金曜の夜の事をおやじ様に話さないか…

そう思うと、気が気でなく、折角のお料理も何を食べたのか

ひとつも覚えていない状態。

突然、真柴が

「ワインがお好きなんですか?」

と聞いてきた時には、口から心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど

どきどきした。

「いえ…あたしは、まだ未成年ですので…」

控えめに答えると

「ああ、そうでしたね」

実に楽しそうに笑った。

…ああ、早く帰りたい。

食後のコーヒーにたどり着く頃には、あたしの精神的疲労は

ピークに達していた。

もう少しの辛抱よ…必死に自分に言い聞かせる。

食後の余韻もそこそこに、

「じゃあ、そろそろ」

と、あたしが立ち上がると

おやじ様は、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐに頷き

「そうだな。あとは、若い二人だけで…」

ああぁぁっ、違う!そうじゃなくて!

ちっとも、あたしの気持ちなど理解していないおやじ様に見切りをつけ

あたしは最終手段を行使する事にした。

「あ、いたたたっ!」

いきなり、お腹を押さえてうずくまる。

「どうした、美月!」

「ごめんなさい。急にお腹が…ちょっと失礼します」

お腹を押さえながら、レストランの入り口へと向かう。

店を出ると、エスカレーターを駆け上がり、ロビーを抜け車寄せに

止まっていた、客待ちのタクシーに飛び乗った。

おやじ様、ごめんね。

心の中であやまりながら、行き先を告げた。


「逃げ出しちゃったの?」

「だって…」

「あんたが帰った後、その婚約者が怒って、お父さんに告げ口するとか

 考えなかったわけ?」

呆れかえった花菜子の視線に目を逸らす。

「でも…何も言わなかったみたい…」

「お父さんは、カンカンだったんじゃないの?」

そう聞かれて、胸がずぅんと重くなった。

「全然、怒ってなかった…」

おやじ様の悲しそうな目…

あたしは、ため息をついた。

「で、美月は情にほだされて、結婚を認めたの?」

「それとこれとは話しが別よ!勿論、はっきり断った」

花菜子は頬杖をつくと

「それにしても、親の決めた婚約者なんて、まるでドラマだね」

しみじみと言った。


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