第6話 出逢いの夜(3)

「てめぇ、何しやがるんだ!」

アロハ男が、あたしに掴みかかろうとした瞬間

「いいかげんにしろよ」

カウンターの奥に座っていた男が、その腕を捻り上げた。

「他のお客さんの迷惑だろ」

静かな口調にも関わらず、不思議な威圧感があった。

「うるせえ、引っ込んでろ」

ポロシャツ男が野良犬のように牙を剥き出しに吠え掛かる。

男はちょっと眉根を寄せると、低い声で言った。

「お前ら、大角おおすみんとこの、若い衆だよな」

途端に、二人の男の顔色が変わった。

「何で、そんな事知ってんだよ」

「大角の親父さんとは懇意でな。飲み屋で堅気の女相手に

 暴れたなんて知ったら、親父さんどうするかなぁ」

男は、目を細め、ククッと喉の奥で笑った。

『大角んとこの若い衆』達は、あきらかにうろたえていたが

精一杯の虚勢をはって叫んだ。

「てめぇ、誰だよ!」

男は静かに告げた。

真柴ましば

男達は顔色を失った。

真柴…がアロハ男の腕を離すと、あわてて店を飛び出そうとする。

「おい。お愛想、忘れてるぜ」

その背中に、楽しげに声を掛ける。

舌打ちの音と共に、数枚の1万円札が宙を舞った。

真柴は、その1枚を拾うと、あたしに差し出す。

「え?」

訳が分からず、見上げると

「クリーニング代」

と言って笑った。

「あ、いえ、結構です。あたしも、もう帰ります。あの…

 どうもありがとうございました」

あたしは、頭を下げた。

真柴は、手にしたお札をマスターに渡すと

「これ、お嬢ちゃんの分ね」

「あの、いいです。あたし払いますから」

あわててお財布を取り出そうとすると、すっと顔を寄せ

「人の厚意は素直に受けるもんだよ、お嬢ちゃん」

そう言って、艶やかに微笑んだ。

その魅力的な微笑みに、心臓がどきっと跳ね上がった。

急に息苦しさを感じ「どうも、すいません」と軽く会釈し、

逃げるように店の外へと飛び出す。


湿気を含んだムッとする熱気が体を包んだ。

はぁっ…

あたしは、大きなため息をついた。

まだ、どきどきが止まらない。

真柴…あの男一体何者?

明らかに”堅気”ではない二人の男を黙らせ、店から追い出してしまうなんて…

「お嬢ちゃん」

いきなり声を掛けられ、思わずびくりと飛び上がる。


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