第二十三話 一撃

「仲間ね……。」


 リンは寂し気に呟いた。

 それは彼女が集めいていた「同志」とは異質なものであることは明確だ。彼らは「世界を消すこと」という一つの目的の下に集まった霊達だが、結局は己個人の恨みを晴らしたいというだけの動機でしかなかったのだから。


 後代さんはまっすぐにリンを見つめる。


『もしもあなたが、

 四神を発動させようって気を無くしてくれてるんなら、いいんだけど。』


「それは……どうかしら?」


 ?!

 リンは四神を、「右腕」をとっくに消す気でいるのに、なぜこの期に及んで嘘をつく必要が? 

 後代さんはリンの答えに目を鋭く光らせ、声音を下げ、静かに問う。


『ねえ……古谷さんは?』 


「いると思うわよ? まだここに。」


 そう静かに答えるリンとともに、私も同時に頷いていた……つもりが、いつの間にかまた運動機能も奪われていた!

 リンは口にはせず『頼子に悟られないように、あなたを遮断したわ。少なくとも、縁には気づかれない』とだけ念じてきた。

 一体何をしようというのだ? リン!

 後代さんは緊張した面持ちで身を乗り出した。


『リン……あなたとはまだ話したいことがある。

 でも、まずは古谷さんから出て!』


「無駄よ。」


 そして薄く、笑みまで浮かべてリンは後代さんを見上げた。


「縁がその気なら、さっきかおりを消した技を使えばいいじゃない。

 それをしないのは、古谷の残り僅かな霊力まで

 あの箒星の尾で掃きだしてしまうことを恐れてるのでしょう?

 それは、古谷の死を意味するものね。」


 後代さんは唇を噛み、苦し気に顔をゆがめた。


「ほら、図星ね。」


 くすくす笑いながらリンは言う。

 確かにそれもあるかも知れないが、後代さんはあなたとは戦いたくないと願っているのだ! 今更戦うことに意味など!!

 だがリンは、『そんなこと、私は知らないことにしておけばいい』とだけ応えてきた。

 さらにリンは静かにこう付け加えた。

『例え「無」となって消えても、そばにいてくれる?』……と。


 今に至ってようやく私はリンの気持ちに気がついた! 

 『鈍感なんだから。』とリンは軽く怒った。


 そうでしたか……後代さんに託しますか。

 私達は二人とも既に身動きがとれぬ身。

 わかりました。

 地獄へでも、「無」の世界へでも、お付き合いいたしましょう。


 するとリンは今の感情とは反対にまた笑いながら、まるで後代さんを挑発するように叫んだ。


「さあ縁!

 古谷も消えつつある今、早く私を消したら?

 連動して『右腕』も、他の三神も消せるかもね?

 急がないと、私がここにいるだけで『右腕』は力を得て、

 私の四神が発動するわよ?

 さっきだってそのために『闇』を温存していたんでしょう?!」


 後代さんがためらった、その時。

 今しがたようやく呼吸が整ったらしい頼子さんが顔を上げた。


「後代さんッ!

 リンさんも『右腕』を消そうと考えてたんです!

 でも、その『右腕』はリンさんの力を奪い続けていて

 リンさんが引っ張られてます!

 古谷さんから出たら、一気に……だから古谷さんがっ!!」


 リンも私も想像以上の頼子さんの霊力にうろたえた。


『なんて子! 頼子に隠すことはできなかったわ?!』


 同時にひどく動揺した様子で後代さんは頼子さんを振り返る。


『まさか、それで古谷さんが引きとめてるの?!』


 兄者の叱責する声が響く。


『愚かな! 情けは無用とッ!!』


 頼子さんは息をするのも忘れたかのように叫んだ。


「いいえ! 

 リンさんも古谷さんを守ってるんです。

 今、憑依を解いたら霊力も体力も落ちてる古谷さんは痛覚が戻った瞬間、

 ショック死しちゃうって!!」


 すると今度はリンが感情を露わにして私の口から叫んだ。


「余計なこと言うんじゃないのっ!」


「で、でもッ!

 それで自分も消してもらおうだなんて、

 いくら大勢の人を消してきた償いだからって、間違ってますよッ!!」


 すり鉢の底に身を乗り出すように叫ぶ頼子さんを、リンは睨み上げた。


「そんなこと知ったら縁は『闇』を撃てないじゃないッ?!」


「とにかく古谷さん! リンさん!! そこから出て!! 早ッ


 頼子さんが言いかけたその時、大地が揺れた。


「神だわ!

 私を消して四神を、私の『右腕』を早く消してっ!

 縁っ!!」


 リンが悲鳴に近い声を上げた一瞬、私の身体の支配が緩んだ。それで私は半ば強引に自分の声を取り戻すことができた。そして叫ぶ。


「後代さん! 古谷ですっ!!

 この地震は神の怒りだ!!

 リンの『右腕』を消さなければ、神の怒りは鎮まらないっ!

 今朝のあの技でしか、それは消せませんっ!!」


 この足元の大量の土砂をえぐり、「右腕」をも同時に消す方法はそれしかない。


『その「右腕」はどこにッ?!』


 目を丸くして叫び問う後代さんに、頼子さんは泣きそうな顔で震えながら答えた。


「後代さん、『右腕』は、『右腕』は……古谷さんの足元です!」


『そんな?! それじゃ古谷さんまで……。』 


 後代さんは愕然とした。

 しかしその間も大地は揺れ続け、すでにすり鉢の底に向かって土砂が、岩が流れ落ち始めている。直に私の体も押し潰されよう。私は向かってくる土砂の地響きに消されまいと叫んだ。


「早くッ!! 完全に埋まってしまってからでは遅いっ!!」


『後代よ……頼む。やってくれ!』


 沈痛な兄者の声が聞こえた。


『もう……泣かないって、決めてたのにっ!』


 後代さんは大粒の涙を浮かべ、大きく上げた刀を一気に振り下ろした。

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