第十七話 こどもとおとな

 そういえば……宮前氏の言葉で初めて気がついた。


 そもそもの発端。

 雨守君を襲った二人の幽霊は中学生と、ようやく二十歳に届いたくらいの軍人だったと聞く。

 幽霊が見えるようになってしまった横道氏が彼らの悩み相談に応じていた時、リンの情報をもたらした数人の幽霊達もまた、後で聞けば誰もが十代後半だったらしい。


 大人がいない……これは偶然だろうか?

 いや、そんなはずはない。リンは確たる意思を持って、この世界に恨みを残して死んだ若い世代の霊達だけを集めているのだ。


「子ども達ばかりなら、

 後先考えずにこの世界を消したいと考えるのもわかりますね。」


 宮前氏は地に倒れたままの警官を見下ろして呟いた。

 確かにそうだ。世界を消し去った後でどうしたい、とは一言もない。

 リンの願いは、何代にも渡るその想像を絶する恨みが根底にあるとはいえ、まさに子ども染みた考えだった。


 と、少し厳しい面持ちで頼子さんは顔を上げた。


「先のことを考えない……私たちが未熟ってことですか?」


 宮前氏も彼女に似た表情で答えた。


「誤解を恐れず言えば、そうだ。

 自分のすることに責任をもつ、

 それが社会にどう影響するか考えて行動する、それが大人だ。」


「大人になるために、どうすればいいんですか?」


「君たちがそれを学ぶ場が学校だ。

 社会だって大人だって、本来それを教える役割を持ってたはずだった……。」


 宮前氏はそう言いかけて、唇を噛みしめた。


「それなのに、そうではない大人に出会ってしまったのでしょうな。

 彼らは皆。」


 リンのいう世界を消すということは、この世界を築いた大人を許さない、ということに他ならない。


「きっと、そういうことですよね。」


 独り言のようにそう答えながら、宮前氏はおもむろにうつ伏せに倒れたままの警官の脇にしゃがみこみ、拳銃に手をかけていた。


「一応、弾抜いときます。今意識戻られたら私、逮捕されちゃうけど。」


 そして器用にも弾丸の挿入されたシリンダー?部分を開け、その前方に突き出した棒を押す。するとシリンダーからばらばらと弾が地面に零れ落ちた。


「宮前先生、よくやり方知ってますね?!」


 目を丸くした頼子さんに宮前氏は苦笑いを浮かべ、答える。


「君より遥かに先に生まれたってだけで、

 この仕事に就くまでは随分バカもしたからね。」


「バカ?」


「アルバイトしてお金貯めて、色んな国を一人で旅してまわったんだ。

 その時、拳銃を撃つ機会があってね。」


「まさか……強盗ッ?!」


「勘弁してくれよ、射撃場でさ。

 その時に覚えたんだ。人に向けて撃ったらいけないわ!ってこともね。

 まあ、こんなこと学校じゃ教えられないけどさ。」


「でも、そういうお話。もっと聞かせてもらいたいです。」


「そうか?

 もっともさっき拳銃向けられた時は、本当に動けなくなっちゃったけどね。」


 こんな非日常の光景の中で、二人はどこか安らぎさえ覚えるような表情で語りあってる。

 それは信頼関係もあるからに違いないが……このような大人との経験が、リンを始め彼らには、果たしてどれだけあっただろうか。

 それを思うと私にはやはり、【彼らもまた被害者である】という認識を捨てることができなかった。


 と、宮前氏は落ちた弾丸を全て拾い集め、何故か私に差し出した。


「こんなモノ、古谷さんにはかえって邪魔かも知れませんが何かの役に立つかも。

 いいですか? この薬莢というカバーの底、

 この中心の小さな円の部分を撃鉄が叩くことで中の火薬が爆発し、

 先端の弾丸が発射されます。

 でも、拳銃がなくてもこのまま火にくべれば多分。」


 そう言いながら彼は右手の拳を勢いよく弾くように広げて見せた。


「それは……使わずに済めば有難いですね。」


 上着のポケットにしまい込みながら大変なものを預かってしまったと感じたが、宮前氏にとってはむしろ先に目の当たりした私の「印」と頼子さんの「絶叫」こそを、大変な代物と感じているようであった。


 そして頼子さんもだいぶ具合が良くなったことを確かめて、我々は先の峠の割れ目に向かいここからは徒歩で行くことにした。

 情けなくも足が痛む私は後に続いたが、宮前氏が先に言ったとおり、ここからは見晴らしも良く山が割れている様子が目の前にある。

 もうすぐだ。


 先を歩く宮前氏が苦笑いを浮かべながら隣の頼子さんを見る。


「さっきの警官、後できっと処罰されちゃうだろうから、

 私からも警察に言っておかなきゃね。」


「宮前先生、自首ってことですか? あんなことで?!」


 頼子さんは素っ頓狂な声を上げた。黙ったままの宮前氏に更に頼子さんは叫んだ。


「あの警官の意識はなかったんだし、

 そんなの黙ってればいいじゃないですかッ?!」


 すると宮前氏は彼女に静かに微笑んだ。


「それはいいことじゃない。あの警官にとっては勿論。君にとっても。

 一番は私にとってね。」


「嘘はだめってことは、わからないじゃないですッ。

 でも、宮前先生にとっては損じゃないですか?!」


「損得じゃない。いいこと、いけないことの筋を通したいだけなんだ。

 今、とんでもないことに出くわしてるからこそ、ね。

 だって後で娘に正々堂々、胸張りたいじゃない? 父としてはさ。」


「ん……そうですね! 私も、お父さんに背中押されたんでした!」


 頼子さんはわだかまりが晴れたように、宮前氏に笑って見せた。


 実際には不可思議な、説明不能な事象の中で起きていることだ。宮前氏が正直に話せば話すほど、信憑性もなく非を問われることはないだろう。

 いや……これが宮前氏の嫌う損得勘定か。


 少々、自らの日頃の腹黒さを恥ずかしく思いつつ、ところどころ崩れた林道を気をつけながら歩んで、しばらく。


「さっきの続きじゃないですが。」


 宮前氏が私に振り返った。


「子ども達ばかりの彼らの仲間が、

 世界のいくつかの国の首脳に成りすましてるとしても、

 周りのブレーン達もバカではないはずです。

 今朝、確かに南アの国が大変なことになってますが……。」


「代わりに誰か、何とかしようって人が出てくるってことですか?」


 途中、疑問を挟んだ頼子さんに宮前氏は答えた。


「ああ。そうさ。大人たちだってダメな奴らばかりじゃない。」


 確かに、そうだが。


「しかしそれも、リンから見れば大人の世界の欺瞞に映るのでしょうな。」


 誰かが、何とかしてくれる。誰かに帳尻を合わせてもらえればいい。そんな大人の無責任さ、無関心さをリンは見抜いているはずだ。


 そう思いながらふと、雨守君が時折見せた、冷めた表情を思い出す。彼は人知れず、学校に巣くう悪しき人間達を社会的に葬ってきた男だ。彼もまた、いうなれば誰もが見て見ぬふりをしてきた悪に、ただ一人向き合ってきた。そんな社会のドブさらいをしてきた者の存在など、普段は誰も、見向きもしない。

 リンが後代さんに語ったという【雨守君がしてきたことは自分と同じ】と言ったというのは、正にそういうことだったのではないのか。


 そしてそのリンは今、私のせいでおかしくなっている……という。

 大人としての私は、今、リンにどう向き合えばいいのか。

 リンが私を殺したいのならば、それで満足がいくのならば、それも構わぬが……リンの思いは留めてもらわねば。


 と、気づくと目の前の頼子さんは、私を見、後ろを向いたまま歩いていた。


「古谷さん?

 ダメですよ?

 自分が死ねばリンが満足するだろうだなんて考えちゃ。」


「いえ、そうは考えていません。」


 見透かされ、不器用ながら慌てて笑って見せた。だがやはり、彼女には通用しない。


「ヤンでるんですから、それで満足するはずないです。」


 その時、いきなり私のなんでもなかったはずの足元が崩れた。


「古谷さんッ?!」


 二人の叫び声が聞こえたが、気づくと私はただ一人、暗闇の中にいた。


「リン! あなたですね!!」

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