第十六話 撃退
「いやあああああっ!!」
目の前に迫る、勝ち誇ったかのような狂喜の笑い声を上げる少年の霊に向かって、頼子さんは叫んだ。
強い霊力を持ちながら、リンの憑依を受け入れても自我を失わなかった彼女だ。その彼女が逆に拒絶すれば……。
『うっわあああああああああああっ!!』
少年の絶叫が頼子さんのそれを掻き消した。頼子さんの霊力は先刻の私の「印」に匹敵する波動となって彼を襲っていた。同時に背後からは私の「印」が襲いかかっている。
彼の霊体は歪み、震え、今にも霧散する寸前であった……が、彼が消えてしまう前に私は結んでいた「印」を解く。
「どうか退いて下さい!」
『そ、そうしたいけどこのチビがっ! やめさせてくれよっ!!』
霊体がずたずたになりかけながら哀願する彼に、目をつぶったままの頼子さんは気づくこともなく髪を振り乱し叫び続けている。
「もう最低っ!
信じらんない!
男子なんて大嫌いっ!
どっかいって!!」
「掌内さん、もう十分だ!
君の方が強いんだ。これじゃ弱い者いじめになってしまう!!」
宮前氏の言葉に、頼子さんははっとして顔を上げた。
「あ。」
どうにか霊体をとどめようとのたうち回る少年を目の前に、頼子さんは口元を抑えた。
「頼子さん、すみませんでした。」
断りもなしに頼子さんの力に頼ったのだ。が、彼女は首を振った。
「いいえ、古谷さんは悪くないじゃないですか。」
そして彼女はまだ苦し気に地に這うように蠢く少年に歩み寄る。
「謝って!」
『え?』
自分に向けられた言葉に驚いた少年は、半ば呆けたような表情で頼子さんを見上げた。その少年を頼子さんは凄まじいまでの形相で睨みつける。
「私がチビだって、舐めてかかってきたでしょ?
だいたい女子にあんないやらしい顔して飛び掛かってくるなんて最っ低!!
謝って!!」
『ううっ。』
少年は打ちひしがれたように地に仰向けに平らかになった。ここは助け船をだすべきか。
「あなたも男なら、潔く非は認めるべきでは?」
すると彼は頼子さんから顔を逸らし、渋々答えた。
『ご……ごめん。』
「聞こえないわよッ!」
頼子さんは容赦しない。
『ごめんッ。お前がチビだって舐めてたよッ!!』
「チビじゃない! 頼子よっ!! あんた名前はっ?!」
恐ろしいまでの目つきで睨みつける頼子さんの気迫に、大変失礼ではあるがつい私も一歩引いてしまう。少年は、ついにか細い声で呟くように答えた。
『ひろし……。』
「じゃあ、ひろし君さよならッ!! もう二度と現れないで!!」
打ちひしがれた彼に、この場を去ってもらえれば良し。
「かおりさんも、いずれ警官の身体から戻るでしょう。心配には及びません。」
そう彼に告げたが、彼は私から目を逸らした。
『お……覚えて
「なんか言ったっ?!」
捨て台詞を吐こうとしたのであろう。だが「ドン」と頼子さんに地を踏み鳴らされ、ひろし君は半泣きになっていた。
『な、なんでもないよっ!!』
そう叫びながら彼は沢尻峠の裂け目に向かってふらふらと飛び、やがて消えていった。
「怒ったら気持ち悪かったの忘れちゃいました。」
振り向くと、さっきまでの怒りはなんだったのかと疑問を抱くほど、満面の笑みを浮かべた頼子さんが彼の消えた方角を見つめていた。
この子には、本当に驚かされる。
が、先に声を漏らしたのは宮前氏だった。
「いや、驚きました。
この警官に取り憑いている『かおり』って子にしろ、
今の『ひろし』って子にしろ……。
あんな子どもばかりなんですか?
その……リンという子の仲間の幽霊たちって。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます