第十四話 北上

 頼子さんを巻き込んでしまってはならない。

 だが彼女の言うとおり、リンの右腕を見つけられるのは頼子さんをおいて他に誰もいないだろう。

 答えを探しあぐねていた私の返事も待たず、彼女は「すぐ戻ります」とだけ言い残し、保健室を飛び出してしまった。

 慌てる私に、宮前氏はまるで彼女の行動がいつものことであるかのように平然と答えた。


「ああ、ホームルーム教室に行ったんでしょう。あそこは無事です。」


 そして彼は笑って付け加えた。


「あれで掌内さん。

 初めて会った時と違って物怖じしないし、何にでも積極的になったんですよ。」


「しかし、宮前先生。心配ではないのですか?」


 私の疑問に、彼は笑みを消し、真剣な目を細めた。


「勿論心配です。ですから私も行きます。車出しますから。」


「え?」


「なにか大変なことが起きているんですよね?

 私だって娘や妻を守りたいです。

 それに目的地まで普通なら車で一時間くらいでも、

 途中きっと通行止めもあるでしょう。

 でも私、県内の裏道や林道には詳しいんですよ。行けるところまででも。」


 口調は穏やかだが、そう力強く宮前氏は頷く。

 そして宮前氏の言葉どおり、頼子さんはすぐ戻ってきた。だが先ほどまでと違い、カーディガンを羽織っているものの上下とも体育のジャージ姿という出で立ちになっており、手には運動靴が。


「山に行くんですものね! スカートと革靴じゃ駄目ですよっ!」


 その気合につい圧倒されてしまい、私は頭を垂れた。


「分かりました。お二方とも、よろしくお願いいたします。」


 こうして我々三人は沢尻峠に向かうこととなった。

 校舎下の駐車場へ向かうに肉離れを起こした両足は痛むが、これしき前世の最期に味わった無数の刀創の比にあらず。

 それに頼子さんの包帯は締めすぎでもなければ緩むこともない。私までなにか力を授かった、そんな気がしていた。そして裏山を仰ぎ、社に向かって呼びかける。


「先に参りますっ!!」


 返事は聞こえなかったが、代わりに頼子さんが私を見上げ、微笑んだ。


「お二人が返事をされました。後から向かうって言ってます。」


 本当にこの頼子さんという子は、なんと頼もしいのだろう。後代さんと同じく、きっとこの子も我々の切り札となるだろう。

 私の命に代えても、この子は守らねば。


「軽自動車なんで、狭くてすみません。」


 助手席の私にそう言って宮前氏は車のエンジンをかけた。

 実は彼の車には乗る時に、少々てこずった私だった。軽自動車だが4輪駆動、車高を上げているらしく助手席上部のグリップを掴んでよじ登るように乗ったものだった。彼は3インチアップしてると言ったが、10㎝近くも車高が上がってるということか。まさに山に入っていくことを目的としたような構造だ。

 渡瀬さんも車には思い入れのある人だが、もしや宮前氏も車の種類は真逆だが、そういう人なのだろうか。


「あ、この車ちゃんと車検通ってますから、ご心配なく。

 県教委の人を乗せるなんて、緊張しますけど。」


 冗談めかして言う宮前氏に、私も笑った。


「いえ、お気になさらず。既に退職してますから。」


 すると後席から頼子さんが手を伸ばし、スマートフォンをかざす。


「沢尻峠、今こんな感じです。」


 そこにはSNSで流れているらしい画像が。

 沢尻峠はN県のほぼ中央から東に向けて連なる山々の西端にある。それが彼女が示した画像によると、峠の頂上から中腹にかけ、山が二つに裂けているのだ。そんな奇怪な割れ方など見たことがなかったが、幸いどうやら幾重にも地下に眠る断層とは関係がないように見える。


 だがその裂け目に国道の高架橋は落ちている。峠のトンネルを通る高速道も通行止めとなっているようだ。西の斜面に流れた土砂は田畑を超え、鉄道をも覆っていた。

 どうやら交通はすっかり県北部と南部に二分された形だ。


「ここに、感じます。リンって子の一部……まだ震えてます。」


「それって、余震がくるってことですかね?」


「十分気をつけて参りましょう。」


 我々は今、沢尻峠に向かうに県の南部中央に連なる山々を右に見て北上している。その道すがら、地震の被害を横目に見る。県内は震度3から4といったところか。里は道路そのものは幸い損壊もせず、通行止めもなかったが、渋滞し始めた場所はある。


 N県は人口が減少している地域が少なくなく、国道をはじめとした幹線道路に面した家屋の中にまでも、空き家が目立っていた。渋滞はどうやらその老朽化した空き家が、道路に雪崩れ込むように倒壊した場所を起点にしているらしい。

 車列は道路の片側を交互に動く状態だったが、その崩れた家屋の脇を通る時、頼子さんは小さな悲鳴を漏らした。


「あの人達、泣いてるんですか?」


 彼女は倒壊した空き家の上を彷徨う複数の霊を見ているのだろう。


「棲家がなくなってしまいましたからね。」


 そして居場所をなくした彼らは、この惨状に悲嘆に暮れている人々の元に寄り集まる。が、今はあの者どもを徐霊している暇(いとま)はない。


「先を急ぎましょう。」


 が、なんとか進めたのはまだ行程の半分ほどだった。

 集落をぬけ、国道が谷に差し掛かるかという時、完全に立ち往生してしまった車列の最後尾についてしまったのだ。

 宮前さんは車をバックさせ、一旦国道から脇に入る道に停めると一人車を降り、山へと向かうその道の先を伺いに走って行った。

 周りのドライバー達の会話から察するに、どうやらこの先の国道は長さ50mほどに渡って陥没したらしい。


「これじゃ先に進めませんね……。」


 不安げな頼子さんに頷いた時、宮前氏が駆け戻ってきた。


「この上を回れば通過できそうです。」


 そして何やら左右の前輪に屈みこんで操作をし?、再び乗り込むとシフトレバーとは別のレバーを操作する。


「4駆に切り替えました。」


 そして動き出した車は、山へと入る。


「道がないですよ?!」


 身を乗り出して私の耳元で叫んだ頼子さんに、宮前氏は笑う。


「舗装された道はね。」


 そしてすぐ凹凸が激しい……木の枝が左右から車体に当たり、ようやく一台通れるかという、小さな岩が脇から転がってくるような荒れた道(道と言えるのか?)となった。


「うわっうわうわうわっ!」


 激しく上下する車内で頼子さんは悲鳴を上げる。


「黙ってて。舌噛んじゃうよ。」


 そんな宮前氏の言葉を聞きながら、なぜか前世で暴れ馬に飛び乗って止めようとしていた時の光景がよみがえっていた。このような林道にしても、前世では走り慣れていたものだった。

 どうやら記憶よりも、なぜか体が先に思い出していたようだ。


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