第十三話 共振②

 耐震補強が施されてはいたが、校舎は僅かに歪んだのか保健室の戸は始め、開けにくかった。

 中央の丸椅子に腰かけた私の傷には消毒液をかけ、あざになったところには湿布を当てて、頼子さんは包帯を巻いてくれている。


 その間私は、ひび割れた窓ガラス越しに丘の下の村を眺めていた。いくつかの煙が上がっている。社の中ではそれほどとは思わなんだが、少なからず被害はあったようだ。


 生徒は皆登校前であったし、学校に出て来られた職員も校長を始め数名のようだった。

 一度教務室へ顔を出していた宮前氏は、『保健室で地元の怪我人に応急処置をしている』として、戻ってきていた。


「古谷さん、震源は沢尻峠です。震源震度6! 

 峠が一部、崩落したようです!!」


「大きいですな。」


 ご自身のスマートフォンを握りしめ、愕然とした様子の宮前氏に頷いた。


 沢尻峠はN県のほぼ中央に位置する。それは四神にとっても同じだ。先刻の地震がリンと関係があることに間違いはない。


 そう考え込んでいた私の顔を、時折ちらと見ながら頼子さんは私の腹に包帯を巻き終えた。

 そうだ。彼女に余計な心配をさせてはいけない。


「頼子さん、ありがとうございます。本当に、包帯の巻き方が上手ですね。」


 すると、彼女は静かに微笑んだ。


「私、中学の時、いじめられてて。よくトイレで蹴られてたんです。

 服やスカートで見えなくなるところばかり。

 そこ、打ち身みたいに酷くなっちゃって。

 湿布当てて自分で包帯巻いてるうちに上手になっちゃって。

 怪我の功名ですよね。」


 思わず返す言葉を失ってしまった。

 なんという過酷な過去を背負った子なのだろう。

 それなのにこんな優しい笑顔を見せられるようになっているとは。


「すみません。……辛かったことを思い出させてしまいましたね。」


「いえ。もうこんなふうに話せますから。

 自殺したいって思ってたのを止めてくれた紗枝さんや、

 その紗枝さんの気持ちも理解してくださった後代さん、雨守先生のお陰です。」


 そう言って彼女は明るく私を見つめる。


「そうですか。」


 やはり、雨守君にこの学校へ赴任してもらえてよかった。


「あ……でも。」


 彼女は何かに気づいたように口元に握った手を近づけた。


「なにか?」


 すると、更に明るく彼女は笑う。


「今、リンって子が古谷さんと話したいんだろうなって気持ち、

 わかる気がしました。

 古谷さん、優しいです。」


「な、なにを言われますか……。」


 突然そのようなことを言われ、年甲斐もなく気恥ずかしさから顔を逸らせてしまった。そしてこの動揺を隠すように彼女に問う。


「それより頼子さん、ご家族に連絡を取られては?

 ご心配されているのではありませんか?」


「あ! そうでした! ちょっとすみません。」


 頼子さんはポケットのスマートフォンが壊れていないことを確かめると、小さくお辞儀をして背を向け操作しだした。


 今のうちに動揺を鎮めねば。だが……私が、優しい? リンがそう感じてる? そんなはずはないだろう。

 私は頼子さんへの言葉とは真逆の、リンを追い詰めるようなことしか言っていないのだ。


 そのリンは泣いていたと、頼子さんは言う。だがそれでこの地震が起きたことを、リンも気づいてしまったのではないのか?

 もし、自らの意思で、四神崩壊を待たずに彼女の願いを叶えられると知ってしまったら?


「あれ? 古谷さん、ちょっといいですか?」


 情報を集めてくれている宮前氏が声をあげた。


「なんですか?」


「これ、偶然かな?

 ほとんど同じ時間にY県、K県、それに沖の島でも震度6クラスの地震が。

 どれも震源は浅いです!!」


 それは!


 沢尻峠がリンの四神の青龍であるならば、本州西端のY県に白虎、四国K県には朱雀、そして中国地方から北に離れた沖の島に玄武という並びになる!

 出雲の国を中心に固めようとしたということか!!


「どうやら偶然ではないようです。

 リンは、この世界を消し去ろうという少女の幽霊です。

 一五〇〇年近く前、彼女は生きたまま両腕、両足を切断された。

 それが『神』を封じるために、今起きた四つの震源地に置かれたのです。

 沢尻峠には、右腕が。」


 先刻のリンの感情の波に、四神とされた四肢が全て共振したのであろう。このままではリンの四神が発動する!

 さすれば列島崩壊は必定。

 今の我らにできるのは、そうなる前に沢尻峠にあるであろうリンの右腕を消し去ることか? だが、どうやってそれを見つければ良いのだ?


「まるで、生贄ですね。」


 苦々しく顔をしかめ、宮前氏は呟いた。

 そうだ。

 思えばリンは生贄として殺され、初めて転生した時もまた「神」を封じるために殺された。何度も相手の男の私利私欲のために生贄にされてきた、とも言えそうだ。


 と、スマートフォンを握りしめ、私たちをじっと見つめていた頼子さんに気がついた。


「どうされました? 頼子さん。」


「あ。災害時の掲示板で、連絡取れたんですが、

 お父さんが足を骨折しちゃって、お母さんが隣町の病院に送ってるって。」


「早く行ってあげないと! 送ろう!!」


 腰を上げ、そう呼び掛けた宮前氏を頼子さんは呼び止めた。


「いえ!

 お父さんは、大丈夫だから心配するなって。

 だから私、私にできることをします!」


「一体何を?」


 小さく穏やかな子、とだけ見ていた頼子さんの強い口調に驚いてしまった。そして彼女は何かを決意したように、瞬きすらせず続ける。


「古谷さん! 私を連れてってください! 沢尻峠に!

 リンって子の右腕、そこにあるんですよね?

 一五〇〇年も。

 私が、私が見つけてあげなきゃ!!」






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