第十二話 共振①

「なんだか、悲しそうな感情の波が、ぶわ~って。」


 私の服を掴んでいた手を離すと、頼子さんは自分の頬を包むように振って見せた。

 と、後代さんは何かに気がついたようだ。


『波……。波長が合ったんだわ!』


『リンが憑依していても意識を保っていたことと言い、

 儂の姿まで見えていることと言い、頼子殿は霊能力の強い子じゃ。

 結界内におってもその鋭敏な霊力が、リンの叫びに共振したのであろう。』


 兄者の言葉に私も気がついた。


「もしや今の地震を呼び起こしたものは!」


『大蛇に並ぶように置かれた巫女であった時のあやつの右腕に違いない!』


「では、今の震源にそれが!」


『おう! 幸い大蛇はまだ起きてはおらぬようだがな!』


 兄者との掛け合いに後代さんも顔を輝かせる。


『じゃあ、それを何とかすれば、もしかしたら列島崩壊は防げるんじゃ?』


 列島崩壊!

 不吉な出来事ではあるが巧いことを言う、などと不謹慎にも感心してしまった。


「ええ、少なくともこの世が闇に包まれることは防げましょう。

 しかし、逆にリンの悲しみの叫びが今の地震を引き起こしたとするならば、

 我らの四神は最初から意味を成していないことになる。

 なぜリンは今になって?」


『それは、古谷さんのことが気になっちゃってるのに、

 上手くいってないからですよ!』


「は?」


 唐突な彼女の言葉に、私は一瞬呆けてしまった。


『だ~か~ら~っ!

 古谷さんにリンはツンばかりしててもデレきっていないから

 キーッてなったんですってば!!』


「な、何を言ってるのですか? 後代さん?」


 むきになって息継ぎもせずにまくし立てた彼女に焦ってしまう。すると、宮前氏が口を挟んだ。


「あ……私はなんとなくわかりました。」


「今のでわかったのですか?!」


 ぎょっとして宮前氏の顔をまじまじと見つめる。さきの後代さんの言葉は日本語とも思えなんだが。

 宮前氏はまるで生徒の質問に答えるように言う。


「後代さんの話のリンという子は、多分古谷さんを慕っているのですよね?

 でも彼女は古谷さんに反抗的だと。

 それは古谷さんにかまってもらいたい気持ちの表れだと思いますよ?」


『そう! そのとおりですっ!!』


 後代さんは歓喜の笑みを浮かべ、両手に結んだ拳をぶんぶんと振る。


「はああ?」


「でも、リンさん絶対病んでますよ?

 もしデレたら、古谷さんを独り占めするために……。」


 我々を見上げ見渡す頼子さんに、後代さんは言葉を詰まらせた。


『あ……。』


「どうしたのです?」


 隣に立つ頼子さんは不安げに私を見つめた。


「殺して自分だけのものにしたいって……。そう思っちゃうかも……。」


「それならば話は早い。もとよりそれは承知の上です。」


 そうだ。今まで生かされていた方が不自然なのだ。


「そんな! そんなのダメです!!」


 突然頼子さんは私に怒ったように叫んだ。彼女の表情は真剣だった。不意を、というよりは、胸を突かれた思いに、迂闊にも一瞬よろけてしまった。


「すみません、つい。」


 倒れる寸前、宮前氏に体を受け止めてもらってしまった。彼は私の身体を見渡すようにして、言う。


「古谷さん、随分酷いお怪我をされてるようですから手当を。

 今の地震で北校舎は完全に倒壊したようですが、南校舎は……。

 保健室は無事みたいですから。」


『そうしてください、古谷さん。

 私ももう少しここで休ませてもらってから、すぐ行きます。』


『そうじゃな。

 後代も先の一撃で霊力をすっかり放出してしまった。

 あれじゃ、あれ。「充電」が必要じゃ。』


 そうだ。我らの切り札になる後代さんには、無理を強いられない。今のうちに休んで頂かねば。


「ええ、お二人はそうしてください。では、下でお待ちしています。」


『おう。震源を調べてくれ。すまほなるもので。』


 だが、ポケットから出した私のスマートフォンはひしゃげ、電源も落ちていた。頼子さんに覆いかぶさった時に壊れていたらしい。


「それは私が。」


 代わりにそう言ってくれた宮前氏に頷き、後代さんを見る。


「では、判明し次第。そこに向かいましょう。」


 すると、頼子さんは私に肩を貸してくれている宮前氏を仰いだ。


「私、包帯巻いたりできますから。一緒に行きます。」


「ああ、じゃあ掌内さんに手伝ってもらおうか。」


 そう微笑む宮前氏に支えられ、私たちは社を後にした。


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