第十一話 桜ケ丘高校教務主任、宮前。
こんな私をリンが慕っているとは、あまりにも唐突で信じ難い話ではないか。得心が行かず黙り込んだ私に後代さんは深くため息をつくと、兄者の宿った刀を見つめる。
『でも、たとえ僅かでも、リンが古谷さんを慕っているのなら、
これからのことって……なんとか変えられませんか?』
が、兄者の声は、後代さんを突き放すかのような響きだった。
『楽観はできぬ。あやつが犯してきた罪も、消えはせぬ。』
『それは……そうですけど。』
リンの私への感情などはともかく、だ。
「私は後代さんの言うように、
リンと話せるのならば、止めさせとうございます。」
『儂はあやつを信じぬがな。』
兄者は私にも、そう冷たく答えるだけであった。
と、兄者の言葉に少し寂し気に俯いていた後代さんは、何かに気づいたように格子戸の外を見つめた。
『誰か来ます……宮前先生だわ?』
格子戸より覗き見れば、確かに。
桜ケ丘高校の教務主任、宮前氏はこの四月に見知っている。この山に巣食っていた死霊どもとの戦いの時、校舎に忍び込んだ一体の死霊に、彼はとり殺される寸前のところを雨守君に救われたのだった。あの時の激務は解消されているだろうが、こんなに朝早く現れたのは、彼の真面目過ぎる責任感からだろうか。
逆光ではあったが、社の格子戸を開けた彼の、驚きの表情が見て取れた。
「掌内さんじゃないか!」
開口一番、彼はそう声を上げながらも、視界に入ったであろう私も見つめ、やや戸惑いながらも再び頼子さんに話しかける。
「何が起きたのか見に来て……ここで人の気配がすると思ったら、
こんなところで何してるんだ?
怪我はないのかい?!」
「大丈夫です。こちらの古谷さんに、助けていただいたので。」
宮前氏に答えた頼子さんの言葉を継いで、私は彼に一礼した。
「ご無沙汰しております。覚えておられますか?」
「あなたは、確か、四月に……。」
「ええ。
あの時、先生はお体の具合を悪くされていましたので、
ろくにご挨拶もせず失礼しました。」
「いえ。でもあの時いらしたのならきっと雨守先生のお知り合い、ですよね?」
おや? 彼はひょっとして、雨守君の能力に気がついていたのだろうか?
すると私の顔を見て察したのか、後代さんはしかと頷くと刀を握り、宮前先生の後ろに回る。
『きっとこうしたほうが、話が早いですよね?』
『うむ。軽くな。』
『はい。失礼しますっ!』
そう詫びながら後代さんは刀の鞘でを宮前先生の肩をポン、と軽く叩いた。そう、兄者の霊力で宮前先生にも幽霊……後代さんと刀を見えるようにしたのだ。
突然、後代さんが目の前に現れたと覚えた宮前先生は、驚くというよりは意外にも、喜びに溢れた眼差しを彼女に向けた。
「き! 君は……君も雨守先生と一緒にいたよね? 私が倒れた時に!!」
『知ってたんですか?』
驚かされたのは、むしろ後代さんと私であった。宮前氏は後代さんを見つめながら、一言一言、噛みしめるように言う、
「いや……雨守先生がここを辞めた時に聞くまで、夢かと思ってたんだ。
でも、私が死神に襲われたとき、私を救ってくれた少年と君は同じ……。」
そうか。彼には死霊が死神に見えていたのであろう。
後代さんは、その時のこと……宮前氏を守って死霊に喰われた少年の霊を思い出したのか、少し悲し気な目を宮前氏に向けた。
『ええ、私は幽霊です。後代縁といいます。
雨守先生の守護霊やってます。今はちょっと出張中ですけど。』
宮前氏はじっと後代さんを見つめていたが、しばしの間の後、穏やかな声で再び後代さんに問いかけた。
「あの時も、常識じゃ計れないことが起きたんだと後から気がついたよ。
今朝のこの様子も、きっとそういうことなんだよね?」
彼は振り向くと、校舎まで丸見えになった山の地肌を眺める。すると突然、後代さんが叫んだ。
『校舎を壊してしまってすみませんっ!!』
「宮前先生ッ、後代さんは悪くないです! 私、助けてもらいました!」
深々と頭を下げた後代さんをかばうように、頼子さんは前に出た。そんな二人に宮前氏は優しく微笑む。
「心配しなくていいよ。
誰にも説明しようがない出来事だろうからね。
でも、
『また裏山によからぬモノがやって来て、天女が追い払ってくれた』
……それで村の人には十分説明できるだろう。
うん、それしか言いようがない。」
ほっとしたように宮前氏を見上げた頼子さんに、彼は笑った。
「それに学校もあんな有様じゃ、しばらく君たち生徒は自宅待機かな。
すぐ校長先生達も来るだろうから、今後の判断を仰がなきゃね。」
『ホントにすみませんっ!』
まだ謝る後代さんに、宮前氏は手を振りながら苦笑する。
「いや、気を悪くしたらごめんね。後代さん、幽霊で良かったよ。
生きてたら事情聴取だの賠償責任だのと、きっと大変だっただろうからね。」
その言葉に後代さんもようやく表情を緩めた、その時。
ぐらッと大地が揺れ、軋む社の中で宮前氏はバランスを崩して尻もちをつくように床に倒れ、怯えた頼子さんは私にしがみついてきた。
肉離れを起こした足はもはや痛みを通りすぎて熱を帯びたように痺れを感じていたが、彼女を支えなんとか踏みとどまる。
地震だ。震度三? 四?
桜ケ丘高校の既に壁が崩れていた校舎の一棟が、埃を巻き上げながら倒壊していく!
揺れに左右されない後代さんは、私達と周囲の様子にかえって驚きを隠せずにいる。
『地震?!』
『まさか、あやつの仕業か?』
兄者のそれは、まさしく私の疑問でもあった。
すると、ようやく揺れが収まった時、まだ私にしがみついたままの頼子さんが、小さく呟いた。
「気のせいかな……あの子が遠くで今、泣き叫んでいた気がして。」
作者から*************************************************************************
たびたびすみません。
本話登場の宮前先生に関わるエピソードは、過去作収録の
「第十六話 サクラ咲く地で①」~「最終話 天女伝説のはじまり」
をご覧いただけるといいかなぁ~なんて。
既読前提で話を展開していて申し訳ありません。
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