第6話 もう一度

 失敗したなぁと呑気に思う。

 どこか意地を張っていたのかもしれない。

 そもそもどうして春宮さんを避けていたんだっけ。何かあった気がするけれど忘れてしまった。

 たぶん怖かったのだろう。人に近寄るのが――近寄られるのが。

 いや、これも言い訳か。理由なんて特になかったのだ。ただ何となくそれだけ。

 「ハァ……ハァ……」

 俺がベンチに着いた時には誰もいなかった。

 こういうシーンだと後ろから来るってのがお決まりだけど……。

 俺はドキドキしながらも振り向く――が、やっぱり誰もいなかった。

 まーた期待してしまった。

 ギシっと音を立てながらベンチに座り大きく息を吐く。

 頭をガシガシ掻き再び息を吐いた。

 そう言えば春宮さんは人付き合いが苦手だと言っていた。

 ここに来たのもたまたまベンチが埋まっていたからで、部活で会ったのもそれこそたまたまだ。

 偶然と必然は表裏一体何て言うけれど俺にはそうは思えなかった。

 まあ、久しぶりに一人きりの空間で食事をするのも悪くない。

 「なーに言ってるんだか」

 好きな卵焼きを今まさに食べようとしているところだった。

 後ろから――さっきまで誰もいなかったはずなのに声がした。

 普段の俺なら少し驚いたくらいだっただろう。だが、タイミングの悪いことに俺は卵焼きを食べようと口元まで卵焼きを持ってきているところなのだ。

 気づいた時にはすでに手遅れ。卵焼きは無残にも地面に落ちていた。

 「あっ……あぁ」

 俺はガクッと肩を落とし、深々とため息を吐いた。

 落ちてしまっては仕方ない。仕方ないんだ。

 そう思うことにして食事を再開した。

 「わざとですか?」

 「はい?」

 先程の声の主は怒ったように少し強い口調で聞いてくる。

 思わず聞き返してしまったが、怒っている人に対してこの反応はあまり良くない。

 声の主は俺の横に座るとむっとした顔で睨んできた。

 「さっきから私のことちゃんと見てこないですよね?」

 「いや、ちゃんと見てますよ」

 真正面から見れるわけないだろ。横目で見るので精一杯だ。


 「見てないじゃないですか。ほら、ちゃんと見てくださいよ」

 声の主はそう言って俺の顔を手で挟んで無理矢理自分の方を向かせようとしてくる。

 俺はなんとか顔が動かないように力を入れて抗っていたのだが、首が攣りそうになったので一瞬で諦めた。

 この年で逝くところだったぜ……。

 抵抗するのを諦めたので必然的に春宮さんの顔を直視しなくてはならなくなる。

 未だ俺の顔は固定されていて動かすことができない。動いた時のことを考えたらこうしておいた方がいいだろう。

 というか顔が近い。正確には分からないが人の頭一つ分くらいしか離れていない。

 二人きりのせいか妙に意識してしまって余計に近く感じてしまう。

 「あの、春宮さん?」

 春宮さんは黙ったままじっと俺の目を見つめてくるだけで口を開こうとしない。

 俺は視線に耐えられず堪らず目を逸らした。

 これはどういう状況なんだ?まるでわからん。

 春宮さんは呆れたようにため息を吐くと、

 「どうしてここにも部活にも来なかったんですか?」

 と俺を射抜くような目で見ながら言った。

 「いや、来いなんて言われてなかったんで……」

 「まあそんなことだろうとは思いましたよ。四葉くんの目死んでますもんね」

 春宮さんは本当に呆れてしまったようだった。

 一言多いけど。

 「目の生死は関係ないだろ」

 俺はぼそっと文句を言ったが、まあこの距離なので聞こえないなんてことはなく頬を抓られてしまった。

 ようやく春宮さんは顔から手を放してくれ、昼休みの残りも少なくなってきたので昼食を再開する。

 春宮さんはおにぎりをもぐもぐ食べながら足をぷらぷらさせていた。

 昼食の間俺達は会話することはなかった。

 食べ終わり、チャイムが鳴る前に席を立つ。

 五限に間に合わない可能性があるため、早めに戻っておいた方がいい。

 春宮さんは思い出したように、

 「そう言えば、今日はどうして来たんですか?」

 と聞いてきた。

「え?ああ、さっきの話の続きですか。いや、特に理由はないですけど」

 「ふーん。てっきり寂しくなって来ちゃったのかと思った」

 春宮さんはニヤニヤしながら聞いてきたが、別に俺はそんなつもりはなかったので「違いますよ」と一言だけ言ってさっさと歩く。

 まあ、あながち間違ってはいないのかもしれない。そんなことを考えてしまい、その考えをかき消すように首を振った。

 他愛もない話をしているといつの間にか本校舎に着いていたので軽く手を振って別れる。

 時間差をつけて校舎の中に入ることにしたのだ。

 春宮さんは気にしないのかもしれないが、俺なんかと噂されてしまっては春宮さんがかわいそうだ。

 春宮さんを先に行かせ、俺は予鈴のチャイムが鳴るまで校舎の前にあるベンチに座って時間を潰すことにした。

 とは言え何もすることがないので、ただぼうっと空を眺めているだけだ。

 すると、なぜか春宮さんが戻ってきた。

 「どうしたんですか?」

 「今日はちゃんと部活来てくださいね!」

 そう言ってまた校舎の中へ入って行ってしまった。

 あ、そっか。来いなんて言われてないって言ったからわざわざ言いに来たのか。

 「やれやれ……言われなくても行くのに」

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