第5話 不正解

 春宮さんの淹れてくれた紅茶を飲みながら閑談していた。

 と言っても春宮さんが話しているだけで俺は相槌を打っているだけだ。それに、話の内容も特に重要な事はなく、もうすぐ中間テストだとか昨日の夜ご飯は何だったとか、スポーツはあまり得意でないとか。そんなどうでもいいようなことばかりだった。

 「ちょっと、聞いてます?」

 「え?はい。ちゃんと聞いてますよ」

 ぼうっとしていたので実際は何も聞いちゃいないのだがついつい嘘を吐いてしまった。

 「じゃあ、何て言ってたでしょうか」

 少し怒ったように春宮さんは質問してきた。

 妙な緊張感がある。……外したら終わる!

 「えっと…………朝ごはんの事」

 「ぶー」

 「おやつ」「俺の朝ごはん」「今日の夜ご飯」といくつか挙げていったのだが、すべて首を振られてしまった。

 こうなると聞いてなかったことを正直に話した方が良さそうだな。

 そう思い顔を上げると春宮さんは笑顔で俺を見ていた。……目はまったく笑っていなかったが。

 「聞いてなかったですよね?」

 「はい」

 「それは良くないけどいいとして、なんで聞いてくることが全部食べることばかりなんですか!」

 「今日も昨日も美味しそうに弁当食べてたから食べるの好きなのかと思って」

 「別に嫌いではないですけど、そのイメージはやめてくださいね」

 「はあ」

 女子にとって、よく食べる子ってイメージはあまり良くないのか。

 俺にとってはどうでもいいが春宮さんにとっては重要な事なのだろう。

 それにレッテル貼りはやめた方がいいと親父も言っていたし、やめておこう。

 「結局話していたことって何だったんですか?」

 「……明日のお弁当のこと」

 やっぱり食べることじゃないか。


 翌日、俺はお気に入りの場所に行かないことにした。

 こう言うと意識しているように聞こえるかもしれないが、別に来てくれとは言われていないし部活の活動内容でもない。

 わざわざ行く必要などないのだ。

 だが、同時に問題が生じる。そう、俺の食事場所だ。

 食堂やテラスなんかはすぐに席が埋まってしまうだろう。となると教室か。

 まあ仕方ないか。うるさいのを少し我慢するくらいだ。


 そのまた翌日。俺は今日も行かないことにした。

 別に何か理由があった訳ではない。理由がなかったから行けなかったのだ。

 昨日今日と部活の連絡は特にない。春宮さんと連絡先を交換はしていないが何かあれば御崎先生から言ってくるはずだ。


 翌日――今日は雨だった。明日は休みだ。


 今日も雨。最近雨が多いが、まだ梅雨入りはしていなかったはずだ。

 

今日は曇り。朝まで雨は降っていたのでまだベンチは乾いていないだろう。

 

今日は晴れていた。けれど、なんとなく気が進まなくなっていた。

 期間が空きすぎたのだと思う。春宮さんとも顔を合わせづらくなっていた。裏切ってしまったような気がしていたのだ。

 別に悪いことはしていないけれど、胸の奥底がじりじり痛んだ。

 俺はきっと転機は勝手に訪れるものだと勘違いしていたのだろう。

 もしかしたら春宮さんの方から迎えに来てくれるかもしれないなんて考えたりしていたのかもしれない。

 普段通りの行動をして普通の生活を送って何か変化が起きてくれるかもしれないと望んでいた。期待していたのだろう。

 そんな訳あるか。

 自分で変わろうとしない限り周囲は――世界は何も変わりはしない。

 行動しろ。幸い時間はまだ残されている。

 俺は弁当を引っ掴むとあのベンチへと駆け出した。

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