第8話 鳶雄の謝罪

 もう寝ようと布団を敷いた時、鳶雄が部屋に入って来た。

「颯武さん」

「何でしょう?」

 何か言いたげな鳶雄。ならば言わせるだけだ。

「俺さっき、颯武さんに敬語、使えなかった…」

「構いませんよ」

 敬語は尊敬できる人に使うべきであって、私のような人には別に敬意を払う必要などない。

「鳶雄君が一番接しやすいようにしてくれればそれでいいですし、私も無理に気を使えとは言いません。いっそのこと、禁止にしましょうか」

「…わかりました、です…。いや、わかった…」

 やはり歳が五つ離れている以上、どうしても馴れ馴れしい口調はぎこちなくなってしまうようだ。

「本題はそれではありませんよね?」

 私がそう言うと、鳶雄は話し始めた。

「俺のせいで、颯武さんは両親に連れ戻されてしまった…。それをまず謝らないといけない…」

 女将に進言したのは鳶雄の方だったようだ。しかし私は、鳶雄に怒りは感じていない。

「今回の滞在について、鳶雄君は両親には、私についてわかったことを何も言わない。そういう約束で手を打ちましょう」

 鳶雄の責任ではないが、彼は罪悪感を感じてしまうと自分を責め続ける傾向にある。ここは早急に鳶雄の謝罪を受け入れ、約束という形で簡単な罰を与える。それでいい。

 鳶雄はまだうつむいていた。

「それと…俺の責任だったのに、颯武さんが帰った後、文句を言った…」

「何て言ったんです?」

「裏切られたって…」

 やはり最初は、心地よく感じていなかったらしい。だが私は、複雑な気分だった。

 裏切っておいて、嬉しいのか。いや違う。鳶雄に裏切られたと言わせた程、私は彼と仲良くなることができていたのだ。今まで他人と関係を上手く築けなかった私としては、嬉しい限りだった。

「でも、陰口を言うのは前に交わした約束を破ることになって…」

「鳶雄君」

 私はあらたまって言った。

「約束を守ることは確かに大事です。破るなんてことはもってのほかです。ですが、破ってしまったことを相手に謝ることは、とても勇気が必要で、とても立派な行動です」

 鳶雄はポカンとしている。

「えっ、何で俺、褒められてるの?」

「破られたことはとても残念ですよ流石に…。しかし、私は君が、しっかりと謝りに来たことを褒めています」

 そう言うと、鳶雄も納得した。

「何も後で謝るなら破って良いってわけではありません。しかし君なら、そこは理解してくれる。そうですよね?」

 鳶雄は、はいと言って頷いた。

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