第9話 実は…

 そして、待ちに待った30日を迎えた。今日は終日快晴。全国の天体マニアがこぞって望遠鏡を覗くだろう。2009年の皆既日食でもそうだったのだから。もしかして明日、ニュースがこぞって報じるのではないだろうか。

 私は縁側に来ると、スマートフォンで方向を確認した。望遠鏡は葉子に、縁側に持って来てもらった。庭に設置するのは夜になってからだ。

「どの方向に見えるの?」

 葉子が聞いてきた。

「太平洋を横断するように軌跡を描きます」

 と答えた。すると葉子が望遠鏡の向きだけを海の方に向けた。

「…………うう、ぐぐ…」

 急に発作が起きた。私は部屋に戻ろうとしたが、体が言うことを聞かない。

「落ち着いて」

 葉子が私に肩を貸してくれた。おかげで私は口と胸の両方を手で押さえることができた。

 部屋に着いて、すぐに私は薬を飲んだ。

「……ねえ。やっぱり前より悪くなってるわよ? 本当に大丈夫だったの?」

「……」

 私は答えたくなかったから黙っていたわけではない。胸に両手を当て、落ち着いたのを確認すると私は口を開いた。

「……実は、主治医には下宿先で安静にするなら少しぐらい…9月になるまで病院に来なくていいと言われたんです」

 通院自体は、私の体にとっては大きな苦痛ではなかった。しかし毎日通っていては交通費が大変なことになる。それを主治医に相談すると、条件を付けて次に病院に来る日を先延ばししてくれた。

それを悪用し昨日の朝一番に診察を済ませ、梟町に飛んで来た。もしここに来ることを言えば、間違いなく許可は下りなかった。彗星の話をしても、東京でも観測できるとしか言われなかっただろう。

「ちょっとそれじゃあ命が危ないじゃない!」

 葉子が怒鳴る。

「私もそれはわかっています。ですが約束は譲れません!」

 私もできるだけ大きな声で反論した。

「それは颯武君と鳶雄との約束でしょう? 私と颯武君との約束は守らなくてもいいの?」

「……………」

 返す言葉がなかった。

 そうだ。私は鳶雄よりも先に、葉子と約束をしたのだ。

 将来の夢を持つことだ。その時に、夢がないのは生きることを諦めているのと同義と言っていた。

 今の私は、まるで彗星のために命を投げ捨てているようなものだ。

「せっかく天文学をみんなに知ってもらうって夢ができたのに、もう人生を投げ捨てるの?」

 葉子の言葉が私の心に深く突き刺さった。

「私は…」

 言葉に詰まっていると、ドアが開いた。

「姉貴! 待ってくれよ」

 鳶雄が現れた。恐らく彼は、また話を聞いてしまったのだろう。

「鳶雄は引っ込んでなさい! これは大人の事情なの!」

「事情が何だよ? 颯武さんのことを一方的に責めてるだけじゃねえかよ!」

 これでは姉弟喧嘩が始まってしまう。元をたどれば原因は私にあるので、私は二人をなだめようとしたが、二人とも聞く耳を持たなかった。

「死んだら元も子もないのよ!」

「そうだろうな。でもよ、命を懸けて夢を追いかけることがそんなに悪いことなのか? その夢を抱かせたのは姉貴だろう!」

 ヒートアップしていくかと思われた喧嘩は、鳶雄の台詞で終わった。私が自分の主張を言うのは、今しかない。

「葉子さん。確かに今回の私の行動は、良いものではありません。それにあなたと交わした約束をさっきまで忘れていました」

 そして、私は言った。

「私には治らない病気があるのは事実です。しかしだからといって、病気を原因に夢を諦めるべきでもないと思います。より多くの人に天文学を知ってもらうには、それ相当のリスクがあるはずです。ですが、今挫けたら今後一生立ち上がれなくなると思います。私はたとえ命を懸けることになったとしても、約束も夢も捨てません」

 私が貫くと決めた道を進むのなら、約束を守って夢を叶えられるのなら、私の命は流れ星のように燃え尽きてしまっても構わない。

「…でも、今安静にしないと危ないじゃない…」

「何も颯武さんは、少しでも動いたらアウトってわけじゃないだろ?」

 鳶雄の発言に私は無言で頷いた。葉子はこれ以上反論しては来なかった。

「そこまで言うならわかったわ。余程のことがない限りは、父さんたちにも黙っててあげる。もう今日の夜と明日だけだし。だけど何かあったら、すぐに救急車を呼ぶわよ?」

「いいですよ」

 私は答えた。それぐらいの覚悟はできている。

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