第4話 裏切られた?

「帰った?」

 鳶雄は驚いた。確かに颯武は客人で、いつかは帰る日が来ることはわかっている。だが、八月いっぱいは真庭の家にいると言っていた。

「親御さんが急に来てね…。そのまま帰ってしまったわよ」

 葉子は、颯武が帰る原因を遠回しに作ったのが鳶雄であることを隠した。しかしそれでは逆に、鳶雄に颯武への怒りを募らせるだけだった。

「裏切りやがって!」

 鳶雄は怒りに任せて、自由研究のノートとポスターを破り捨てようとした。だが、手に力が入らなかった。

「うう…」

 手がこれ以上動かないのは、学校に提出する物がなくなってしまうからではなかった。

 さっき鳶雄は、裏切られたと言った。それはつまり、颯武のことを信頼していたということである。

 自由研究を机の上に置くと鳶雄は、一階に降りた。そして縁側に置いてある望遠鏡に目をやった。

「颯武はもしかしたら、もう来ないかもしれない。だけど…」

 一緒に見ると約束したシュトゥルム彗星なら、これさえあれば観測することはできる。ちょうど一週間後だ。彗星については詳しく知らない。だから本当に見て終わり、になるだろう。それでもかまいやしない。颯武だって東京で見ているはずなのだから。

 何も知らないアカネたちは夜、家にやって来た。鳶雄は颯武が帰ったことを三人に知らせた。三人の反応は、自分と同じだった。

「帰っちゃったのはもうしょうがねえ。俺たちだけでできることをしようぜ」

「でも、ちゃんと見れるかな? 私たち、彗星がどの方角からやって来るのか、そもそもどういう風に見えるのかすら知らないし…」

 アカネが心配するのも無理はない。鳶雄たちは颯武がやって来て初めて、天体観測を行った。要は素人なのだ。

 ユウサが、彗星が接近する時はニュースで取り上げられるのでは、と言った。確かにテレビの特番を見れば、時間と方角は把握できる。天体好きと自称する芸能人が得意げに解説でもするのだろう。

「俺はテレビが全てじゃないと思うな」

 鳶雄はそれを否定した。盛り上がるなとは言わないが、多くを語っていいのは真に夜空が好きな人だけだ。そんな人たちの得意げな顔は見たくないし、話も聞きたくない。正直、無い方がマシである。

「で、でも。り、颯武はいないんでしょう?」

 ヒミコが現実を指摘する。問題は、それをどうやって埋めるかだ。

「まだ一週間ある。プールで泳ぐかたわら、図書室で調べればいい」

 早速実行に移す。土日を挟んで次の月曜日、鳶雄たちはプールから上がると、校舎の図書室に向かった。この町には公共の図書館がないので、夏休みでも生徒または学生なら問題なく入ることができる。

 最初はとても手間取った。普段は全然利用しないので、どの分野の本がどの棚にあるのかが頭に入っていなかったのである。

「て、天文学って…。き、教科で言うと何?」

 ヒミコが首を傾げた。

 ユウサが、颯武の得意教科は地学と世界史だったと言った。

「世界史って社会科目? そっちは違う気がするわ」

「…となると残りは地学か」

 はっきり言って、なじみが浅い分野だ。一年生の時に火山や地震について少し学んだ程度で、しかも宇宙については三年生で習う。

「この辺りだな」

 まず本棚を探し当てた。ことは順調に進むと思われた。

 だが、この日の作業は全く進まなかった。星について、宇宙について、鳶雄たちは彗星とはあまり関係のない本でも、開くと読みたくなってしまい、これだけ読んだら、と思って探すのをやめて読み始めてしまった。

「仕方ねえじゃねえかよ! 未開の分野なんだから!」

 みんな同じ言い訳をした。そしてみんなちゃんと調べていなかったので、誰も責めたりしなかった。

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