第3話 天体望遠鏡

「もう見るところはない?」

 葉子が私に尋ねた。

「まだ二箇所だけ、あります」

 私はここに入るのは今が初めてだが、葉子はそうではない。

「天体望遠鏡があると思うのですが、どちらでしょう?」

 葉子は、確かこっちだ、あっちだと言いながら館内を歩いた。私はそれについて行った。結局二階に上がった。

「ここね」

 大きな古い扉がある。葉子は事務室から持って来た鍵束からこの扉のものを探しているが、開くのか…。

「あれ、これで合ってるのに…。えい!」

 最後は力技だったようだ。重い扉を開けると、目の前に天体望遠鏡が現れた。

「これ、もっと大きかったような気がするけど…。」

「こ、これぐらいが標準サイズですよ。私の学科で使われているタイプの二世代前の望遠鏡ですね」

 なら操作できるんじゃないかと葉子に言われたが、私は、傷んでいる可能性があり、無理に操作すると壊れるかもしれないと言って断った。

 私はスマートフォンを起動し、カメラのアプリを立ち上げた。天体望遠鏡。これが現役だった時、私は携帯やデジタルカメラの類を持っていなかった。だからこの世代の望遠鏡は私の記憶の中にしか存在しない。だから写真を撮っておきたいのだ。

 望遠鏡には、手は触れなかった。壊れても嫌だし、今は昼だから星は一つも見えない。いや、電気が来てないからまずドームが開かない。

 大体のことを観察したら、私たちはドームから出た。

「次は、何?」

「プラネタリウムもあるんじゃないですか?」

 天体望遠鏡があるのだから、存在しないとおかしい。

「それが、ないのよね」

「へぇ?」

 思わず変な声が出た。

「すごい昔に町の大人に聞いたんだけど、天文台を建てる時にまずもめて。設立が決まった後もどうするかをまたもめて…。その結果、望遠鏡は購入したけどプラネタリウムはオミットされたって」

 私はすぐに、何でですか、と反論した。突っ込まれた葉子からしてみれば昔のことに対して怒られるのは理不尽だろうが、彼女は答えてくれた。

「だって、星空なんて曇ってなければいつでも見れるじゃないのよ」

 その言葉に私は、何も言い返せなかった。


 この日の夜はちゃんと居間で食事を食べることができた。

「お母さん、今日は天文台に行ったんだ」

 葉子が女将に話しかける。

「はあ? あそこはもう閉まってるじゃない」

「でも、行ったのよ。中身を確かめるために。だって颯武君なら間違ってるところを訂正できるじゃない?」

 それを聞くと主人が、

「そうか。そう言えば颯武君は天文学を専攻してるんだよな」

 と言う。

「発作は大丈夫だったの!」

 女将が血相を変えて私に怒鳴った。

「平気でしたよ。常に心拍数には気を配っていましたから」

 返事を聞いた女将は満足している様子だった。でもどこか、気に食わないような表情でもあった。

「しかし。今さらあそこを開館しても…」

 主人が首を傾げると、

「ほぼほぼ、颯武君の趣味に付き合ってただけよ。まあこれも町おこしってヤツ?」

 葉子がそう言うので、

「完全に職権乱用でしたよ」

 と私は静かに言った。そして夜ご飯をゆっくりと口に運んだ。

「鳶雄、あんたは何かないの?」

 葉子が鳶雄に聞いた。

「俺は何も…。今日もプールに行ってただけだし…」

 鳶雄はやけにテンションが低い。

「どうしたの鳶雄? 全然元気ないぞー?」

 葉子もそれに気がついたようである。しかし鳶雄は何を聞かれても、ボソボソと返事をした。

 食事を食べ終え風呂にも入ると、私は天体観測を始めた。途中で葉子も加わったので、私は葉子に望遠鏡を覗かせている間、ノートパソコンで天文台見学についてのレポートを書いた。

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