第2話 戻ってくる
「結構揺れましたね」
今日も晴天だったので一日を真庭の家で過ごそうと思ったが、急に葉子から電話がかかってきた。天文台の件はあっさりと通ったらしく、迎えに行くので家で待っていろと言うので待つと、葉子が軽自動車で迎えに来た。運転は少し、荒々しかった。
「でも、これぐらいは大丈夫でしょ? 父さんから聞いてるわよ」
確かに乗り物の揺れで発作が起きたことはないが、だからといって油断はできない。
「じゃあ早速行くわよ。もう何年振りになるかしらね、ここに来るのは」
古びた鍵を片手に、葉子は天文台の門を開けた。
「よく許可が下りましたね、本当に」
「東大生が来てるって言ったから」
「はい?」
私は驚いて足を止めた。
「だって略せば東大でしょう?」
それが有効なら、関東圏どころか東北地方の大学でも何でも、東大になってしまう。しかも私の通う大学では、もっぱら資開という略称が使われているのだが…。
「でも、知識だけなら負けないわよねえ?」
「もちろんですとも」
私はもう引き下がってはいけない気がしたので、強がった。もっともこの町の天文台に意見したところで、誰も本気にしないだろうが。
葉子が門を開けて敷地内に進み、手に持っている鍵で天文台本館のドアを開けた。
「埃やカビでいっぱいかもしれないけど、そっちは大丈夫?」
「外的要因で発作が起きたことはありません」
私は首を縦に振った。そして私の分の懐中電灯を貸してもらうと、葉子と二人で中に入った。葉子はまず事務室に向かったが、私は展示を探した。
中はジメジメしてはいるものの、それ以外に何か不快感を与えるものはなかった。懐中電灯で壁を照らすと、展示の一部が見れた。
「星座表ですか…。まあ、オーソドックスですね」
天文台ならどこにでもあるものだ。幼い頃は私も、自分の星座をこれで探した。私の星座はさそり座の頭の先。アンタレスさえ見つけ出せれば、すぐにわかる。
星座表の周りに目をやると、十二個のスイッチがあった。私はすぐにピンと来た。ボタンを押せば十二星座が光る仕組みだ。試しにてんびん座を押してみた。
「……」
この天文台は既に送電されていないので、光るはずなかった。
「ちょっと颯武君、こっち来て!」
葉子に呼ばれたので私は暗い館内を慎重に進んだ。
「これ、何だと思う?」
葉子が照らしているのは、三つの球体。
「真ん中にあるのは地球ですね。その横が月。そして奥にあるのが、太陽です」
「それは、わかるんだけど! でも大きさと距離がおかしいじゃないこれ?」
葉子の言いたいことは十分にわかる。だがこの展示の場合、あえてそこを変えなければいけない。
「葉子さんは去年、金環日食を見ましたか?」
葉子は言葉の意味がわかっていないようだった。
「…確かに葉子さんの言う通り、本来なら月は地球からもっと離れていますし、大きさも小さいです。太陽ではなおのこと。ですが日食をジオラマで再現するには、本来のスケールではわかりにくいですしスペースも取るので、このように簡略化するんですよ」
葉子の疑問を解決した私は、さっきの星座表に戻った。天文台や博物館に来ると必ず、自分のペースで展示を見ることにしているからだ。
次の展示は、太陽系に関するものだ。
「おや」
壁に描かれている太陽系を見て、私は間違いに気づいた。
「何かあった?」
葉子がこちらにやって来た。そして太陽系を見た。だが、何も言わない。
「…葉子さんが義務教育受けてた時って、いつ頃でしょうか?」
「え? 2002年には中1だったけど?」
「なら気がつかなくても、あまり驚くことではないですね」
人気がなくて天文台が閉鎖されるくらいなのだから、この町の人たちは星に関して無頓着なのだろう。そもそも昨日の夜に教えたはずである。
「どこが変なの?」
「後で報告書にまとめますよ。だって私たちは仕事で来ているんでしょう?」
私がそう言うと、葉子はこれだから友達少ない人は、と笑って奥の方に向かった。ついでに言うとそれも間違っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます