第2話 望遠鏡

「真庭さん、郵便です」

 宅配会社が真庭の家にやって来た。

「おい、何か頼んだのか?」

 父が母に聞いたが、首を横に振った。

「じゃあ誰が頼んだのよこれ」

 葉子が荷物の伝票を見ると、

「…多分、颯武君のじゃない?」

 葉子にはわかった。こんなものを注文するのはこの家にはいない。

 しかし、一体何を考えているんだか…。

「じゃあ葉子。後で颯武君の部屋に運んでね。彼では運ぶことはできないだろうから。」

 母がそう言った。葉子はわかったと言って頷いたが、颯武は夕食の時に居間に来なかった。仕方なく葉子は様子をうかがいながら機会を待った。


 気が付くと、もう七時半だ。夜ご飯の時間はとっくに過ぎている。私は布団から這い出た。

 部屋のテーブルに置き紙があったので目を通した。

「おかゆは準備ができています。食べたくなったら葉子に言ってください」

 葉子…。個人名を出されても、真庭の家の人の名前は二男の鳶雄しか知らない。でも察しが付く。文字は女性のもの。とすると女将か長女の二択だが、女将が書いたのなら自分の名前は置き紙にわざわざ書かないだろう。

「あの女性が葉子さんなのですね」

 用意してくれているのだし、食べないのは迷惑だ。私は食べることにした。

 だが葉子をどうやって呼べと?

 とりあえずトイレに行くために私は部屋から出た。戻ってくると部屋の入り口に、あの女性――葉子がいた。

「これ、颯武君が注文したんでしょ?」

 葉子は段ボールを抱えていた。

「そうです」

「そうです、じゃなくて。一言断ってよ! 私がいなかったら受け取り拒否されてたんだからね!」

 でもいたから大丈夫だっただろう、とは言えそうにない。私は頭を下げて謝った。

「で、どんな感じに見えるの?」

 葉子が興味津々に聞いてきた。私は、

「先に風呂に入らせて下さい。一日中寝ていたので、汗びっしょりです」

 私はタオルと着替えを持って、風呂に入った。そして頭、顔、体を洗うと湯船に浸からずすぐに出てきた。

 部屋では葉子が、まだかまだかと待っていた。遅いわよ、とまで言われた。

「では、開けましょう」

 ガムテープを破いて、段ボール箱の中から品物を取り出した。壊れないよう、慎重に二人で息を合わせて取り出した。

「ここで組み立てるの?」

 言われてみればここで完成させても外に運び出すのは面倒だ。

「縁側に運びましょう。今ならまだ楽に持ち出せます」

 私と葉子はパーツを一度段ボール箱に戻し、縁側に運んだ。縁側は廊下よりも暗く、説明書が読みにくかった。

「今度は見づらいわね」

 私はこのタイプは初めてではないのでなくても組み立てる自信はあるが、葉子と連携しないと今は困る。スマートフォンのライトをつけた。

「では、口ではなくて手を動かしましょう」

 主に私がパーツとはめ込む場所を指示し、葉子が組み立てた。葉子の方が器用なためか、私がやるよりも早く出来上がった。

 これを庭に設置する。

「いくよ、せーの!」

 よいしょ、と私と葉子は持ち上げた。一人でやる時はこれに一番苦労する。だが二人でやれば全然苦ではない。設置した後すぐに私は胸に手を当て心拍数を確かめたが、思ったよりも上がっていなかった。

「さーて、どんなに綺麗に見えるのかしら?」

 葉子はレンズを覗いた。しかし、

「何も見えないじゃない!」

 と叫んだ。

「今、調節します」

 私が代わった。まず月に標準を合わせよう。鏡筒を動かし月の方角に向けると、ファインダーで探した。そしてレンズを覗きながらネジを回して微調整をした。

「これで完璧です」

 時間にして二分に満たない。だが今まで何度も触ってきた手と、見てきた目、経験した頭が全て揃っているのだ。間違いはない。

 葉子がレンズを覗きこんだ。

「え、すごい!」

 他にも驚きの声を上げた。

「颯武君も見て!」

 私は無理矢理レンズを覗かせられた。私は今までに月は何度も見てきたので、改めて見ても新しい発見はないのだが…。

「ねえ颯武君には、月の表面は何に見える?」

「国によって異なります。日本人は餅をつくウサギに見えるらしいです。他にもバケツを運ぶ少女、本を読むオバサン、カニ、横向きの女性、氷を担ぐ男女、ライオン、薪を担ぐ男など、様々ですよ」

 その答えに葉子は納得していないようだ。

「君自身は、って聞いてるの!」

 私自身が? そう言えば、そんなことは考えていなかった。天文学に興味を持った時に片っ端から調べたが、その時に色々な情報が入ってきた。おまけに一緒に空を見る人もいなかったため、自分の意見を持ったことがなかった。

 私はもう一度、レンズを覗いた。

 月の表面は、何に見えるのだろう――

「少し暴論ですが、世界地図に見えます」

 私はそう言った。そっくりとは言わないが、そんな感じに見える、と思った。それだけじゃない。さっき挙げた候補を排除すると、当てはまるものが思いつかないことも重なった。

「あれが世界地図?」

 葉子は驚いている。無理もない。きっと世界地図に見えるのはこの地球で私だけだ…。

「なかなかユニークな考えを持ってるじゃない!」

 驚いてはいたものの、私の意見に葉子は引かなかった。

「私は…やっぱりウサギに見えるかな」

 葉子は言った。

「やはり女の子らしいですね」

 私が言うと、葉子は、私の方が年上なんだけど、とちょっと怒った。

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