第4話 友好関係は…
次の日は、曇りだった。せっかくの夏休みに、と普通なら思うだろうが、私からすると晴れの日よりも暑くなりにくいので過ごしやすい。今日はこの町を少しだけ歩いて回ることにした。
出発前に梟町周辺の地図をもらった。だがこの地図、随分と古い。閉まっているはずの店の名前が堂々と書かれている。商店街については、期待しない方がよさそうだ。
真庭の家を出て数分、数多くの観光客とすれ違った。こんな天気でもみんな海水浴が目的だろう。中には既に浮き輪を膨らましている人もいる。サーフボードを抱えている人もいれば、釣り具を身に付けている人もいる。その人たちに共通する点は、小麦色の肌をしていることと海に向かって歩いていることだ。
私は違う。普段は講義がある日ぐらいしか外には出ないし、目的地はもう少し山を登った先。この町唯一の天文台があるらしいので、そこに行ってみる。
坂道はやはり苦しいので、ゆっくりと歩いた。今の私の速さはカタツムリに負ける自信がある。
「あ、いたぞ。アイツだ!」
道の反対側にいる子供が私の方を見て叫んだ。
「アレが余所者なのね、トビオ」
「そうだ。全く何しに来たんだか。みんなで追い出そうぜ」
何やら私のことが気にくわないらしく、色々と言っている。しかし私は無視した。
「また無関心かよ! おいアカネ、石もってこい!」
リーダー格の子供がそう言うと、横にいた女の子が近くの畑に向かった。流石に投石は困るので、私はまず胸に手を当て、次に跪いてゴホゴホと咳をした。そしてもう片方の手で口を押えた。
「ね、ねえトビオ…。だ、大丈夫なの?」
「きっと問題ねえさ…。多分…」
子供たちは急に弱気になった。ここまでくればあとは駄目押しに一発。
「う…うう、う」
その場に倒れ込んだ。その私の姿を見ると子供たちは、
「や、ヤバいぞ。逃げろ~」
と言って逃げ出した。畑から戻って来た女の子も慌てて後を追う。
それを確認すると私は、何事もなかったかのように立ち上がると、再び歩き始めた。
しかし、本当に発作が起きそうになった。梟町の天文台は、閉鎖されていた。信用できないのは、商店街だけじゃなかった。仕方なく私は真庭の家に戻ることにした。
今日の夜ご飯はこの地方の郷土料理が出た。主人によると良い魚が上がったとか。私は無言で口に運んだ。
このご飯中にわかったことがある。昼間に石を投げようとした子供は、ここの家の弟だ。昨日と違い今彼は、チラチラと私の方を見る。昼のことを言いださないかと不安なのだろう。だが私は何も言うつもりはない。私の方も何もなかったからだ。
夜ご飯を食べ終えると、すぐに風呂に入った。そして部屋に戻った。こういう時、何かやるべきとこがあるといいのだが、私は大学の課題の類を全て終わらせてからこの家に来た。夜も曇りなので、後はホームスターを起動して暇を潰すしかない。
不意に、ドアがノックされた。いいですよ、と私が言うとまたあの女性が入って来た。
「えっとねえ、颯武君は飲める?」
手にはボトルとグラスが握られている。
「…私は薬を飲んでいるので、アルコールは絶対駄目です。そもそも私はまだ十八なので、飲酒は不可能です。」
私は断ったが、
「これはただのシャンメリーよ。炭酸飲料なら飲めるでしょう?」
一旦考えたが、久しぶりに炭酸を飲むのも悪くないと思い、グラスを受け取った。女性は座布団に、私は布団の上に座った。
「今日さ、鳶雄が迷惑かけたんだって?」
グラスにシャンメリーを注ぎながら聞かれた。
「鳶雄とは、誰でしょうか?」
「私の弟よ。真庭鳶雄。私とは十個離れてるけど」
私は鳶雄について、女性から聞いた。地元の学校に通う中学生とのことだった。私は昼の出来事について、アレは近寄って欲しくなかったが故の演技だったことを正直に話した。
「きっと鳶雄君とも、一緒に遊べれば仲良くできるんでしょうね…」
私が悲しそうに言うと、女性は反論した。
「なら、何かすればいいのよ!」
「出来ませんよ。もしその時に発作が出たら、どうするつもりですか?」
私の言葉に女性は黙った。
「今日は曇りですし、これで夜空を見ましょう」
シャンメリーを少し飲むと私は、ホームスターを起動した。部屋一面に星が投映される。
「また問題でも出しましょうか」
天井に表示される星を指差して、言った。
「アレは何という星でしょうか?」
女性はう~むと考えて結局、
「…わからないわ」
と答えた。
「正解ですよ」
私がそう言うと、女性は驚いた顔をした。
「カメレオン座を彩る星には、名前がないんですよ」
「そんな星座があるの?」
私は女性に、カメレオン座について説明した。この星座には、さそり座のような神話はなく、しかも南半球の夜空にしか現れないので日本から見ることができないことも話した。
女性は相槌を打った後、
「昨日会った時から思ってたんだけど、颯武君ってさ、友達少ないでしょ?」
ストレートに私に言った。
「少ないどころか、いませんよ」
私も現実をはっきりと答えた。誇張表現は一切ない。
「そこは否定してよ…」
否定するも何も、いないのは事実だ。
「私は頻繁に人とコミュニケーションを取る類の民族ではありませんから。それに誰かと一緒にいる時に発作が起きたら…。そう考えると仲良くしようという気が失せます。そして私から関わろうとしないので、同じクラスや学科の人も自然と私のことを避けます」
私は静かに、女性に自分の人間関係を教えた。
「つまらないかもしれませんが、別にいいです。他の誰かに迷惑かけるよりもはるかにマシですから」
実際にその考えに基づいて、今日まで生きてきた。
「今までにそういうことがあったの?」
聞かれたので、私は答えることにした。
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