第3話 最初の星空

 部屋に戻ると私はまず、食後の薬を飲んだ。カプセルを二錠、錠剤を三錠、粉薬が一袋。発作が起きた時以外にもこれだけの薬を飲まなければいけないのだ。でも私よりも重い病気の人はたくさんいるし、中には自分で注射を打たなければいけない人もいる。それに比べると私は、心拍数を上げずに薬だけ飲んでいればいい。随分とマシだ。

 全ての薬を飲み終えると、段ボール箱から最後の私物を取り出した。

「何それ?」

 声のする方を見ると、先ほどの女性が私の部屋の入口にいた。

「…ホームスターです」

 私は答えた。しかし女性は、わかっていない顔をしている。

「家庭用のプラネタリウムです。大平貴之おおひらたかゆきという人が監修した、本格的なプラネタリウムですよ」

 私はそれを床に置くと、部屋の照明に手を伸ばした。

「実際に見てみますか?」

 スイッチを切った。部屋は真っ暗になり、私は携帯のライトで足元を確認し、床に置いたホームスターの電源を入れた。

 ホームスターは部屋一面に星空を映し出した。

 とても綺麗な星空。これを見ている時だけ、颯武の気持ちは安らぐ。

「こんな作り物の星なんて、全然綺麗じゃないわね」

 しかし女性の感想は違った。

「本物を見ないと、つまらないでしょう?」

 女性は部屋の照明をつけると、すぐに私の腕を掴んで部屋を出て廊下を早歩きで移動し、縁側まで来た。そして空を指差して言った。

「見てごらんなさいよ、本物の夜空ってヤツを! 首都圏じゃあこんなに見えないでしょう!」

 確かに女性の言う通り、自分が住んでいる東京では街明かりが邪魔で、星はほとんど見えない。太陽と月しか見えないと言っても過言ではないぐらいだ。

 だからと言って私は引き下がらない。私は星空に向かって指を差して、

「アレは何という星かわかりますか?」

 と聞いた。

「…」

 女性は無言だった。きっとわからないのだろう。本物の星空を見て来たとしても、知識がなければ意味はない。

「…わかりませんか?」

「うるさいわね! アレでしょアレ、ベガとか…」

「あの赤く光っている星ですよ?」

 一応ヒントを出した。

「わかった。火星ね!」

 その答えに私は呆れて無言だった。

「どう?」

「違います。アレはさそり座の目印、心臓のアンタレスです」

 私は答えを教えた。すると女性は、

「だって、星には興味なんてないもの…」

 そう言った。

「それはものすごく損してますよ」

 私は縁側に座り、その横に女性も座ると、話を始めた。

「あのサソリは、傲慢な英雄のオリオンを毒針で殺すんですよ。その功績を賞して、サソリは星座になったんです」

「そうなんだ。だから十二星座にさそり座があるのね。でも、オリオン座もなかった?」

 私は頷いた。

「アルテミスがオリオンを憐れんで、星座にしてもらったんです」

 女性は縁側から庭に歩み出し、

「オリオン座はどの辺にあるの?」

 空を見上げて首を振り、探している。正直私は本当に呆れた。

「オリオンは未だにサソリを怖がって、さそり座が空に上がっている間は夜空に現れないんですよ」

 それを聞くと女性は、縁側に戻って来た。


 私は他の星座についての話を女性にした。女性は一々驚いたり笑ったりと忙しかった。

「ところで、今何時でしょうか?」

 女性に聞くと、

「あんた、腕時計巻いてるじゃない? 私に聞かないでよ」

 左腕に巻かれているそれを私は見て、確かにそう勘違いされてもおかしくないと感じた。

「これは違いますよ。私の脈拍を常に測定し、病院やタブレット端末に情報を送っているんです。これが外せるのは、風呂に入る時だけです」

 私が言い終えると、女性は急に慌てた。

「そうだ、風呂風呂! お風呂はどうするの?」

 そう言えば、この女性は突然部屋にやって来て、何も用件を言っていなかった。肝心の用事は、風呂のことだった。

「入れるのなら、すぐに入ります。10分もあれば私は結構です。でも、風呂場は案内して下さい」

 私は風呂場に案内され、一度部屋に着替えを取りに戻り、そして風呂に入った。十分しか時間がないのは心拍数の問題だ。

 風呂から上がって部屋に戻ると、私は寝る準備をした。と言っても夜中に発作が起きた時のために薬を準備するぐらいだ。それが終わると私はスマートフォンを取り出し、適当に通販サイトを見て回った。

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