第25話:芽生えの大志7
「西崎さん、俺は左利きなんだけど昔大けがをして満足に左手を使えないんだ。だから俺は日常でも右手を使うことが多く、不便だったんだ」
「……教也……」
「左腕は変形していて、小学校の時はいじめられたりもしたんだ。でも、その時に助けてくれたのは春々なんだ」
俺は西崎さんに、そして春々に言い聞かせるように話し続ける。
「俺自身が障害を持っていて、そして今回の介護体験実習を通して俺の大志は覚醒したんだ。俺は特別支援学校の教師を目指すよ」
それは今の紗枝が通っているような障害を持つ子が通う学校だ。
俺のこの決意にもう迷いなどない。
「この大志を抱かせてくれたのは西崎さんのおかげだ。ありがとう。あとは任せてくれ」
俺はそう言い終えると西崎さんのカバンの中から一枚の手紙を取り出した。
「春々、これを受け取ってくれ」
「これは……?」
「西崎さんからの手紙だ」
「西崎さんから!?」
西崎さんは春々に渡してくれと言っていたが、あて名は俺と春々、そして咲花になっている。
「とりあえず読んでみるか」
俺は手紙を開けた。
「平くん、桜木さん、春風さん、この手紙を読んでいるということはわしはもう亡くなったということだろう。一つだけ言い忘れていたことがあったからこの手紙を書いた」
「……言い忘れてたこと……?」
手紙に書いているということは言い忘れてたというよりあえて言わなかったんだろう。
「私は二十年前、教育委員会の委員長をやっていた。教育に携わり、教育をよりよくするためにいつも働いていた」
「西崎さんが、教育委員長!?」
ということは金岡先生よりも前の教育委員長ということになる。
「わしはその時に教師になるために介護体験実習を導入したのだ。なぜなら命の大事さを知ってもらいたかったからだ」
介護体験実習は最近導入されたものだったのか。
俺はそのことを初めて知った。
「未来の子供たちに見てほしかったんだ。協力して作り上げていくことの大切さを」
「……協働……」
俺がいつでも大志を心に刻んでいるように、西崎さんは協働を刻んでいたのかもしれない。
「今の君たちなら大丈夫。わしは色々な教師の卵を見てきたが君たちの目は本物だ。わしはそんな君たちを見ていると安心して今後の教育を任せれる」
「西崎さん……」
そんなことを思っていたのか。
立派な人はいくつになっても尊敬することができるものだ。
「最後に、ありがとう。わしは最後まで幸せ者だった。必ず立派な教師になってくれ」
「西崎さん!」
春々は再び泣き崩れた。
そんな春々を見ていると俺は泣くに泣けなかった。
なので心の中で涙ながら西崎さんに礼を言った。
咲花の表情からは変化は見られなかった。
「みんな、名残惜しいけどもう夜遅いし帰りましょうか」
「森野さん、ありがとうございます」
俺たちは病院を出た。
まるで西崎さんに別れを告げるかのように。
「……二人とも、ばいばい……」
「うん、またね」
咲花が途中で別れ、俺と春々の二人きりになった。
「教也くん、ちょっと聞いてくれる?」
「ん、なんだ?」
ずっと泣いていた春々の目はずいぶんと腫れていた。
「私、西崎さんのことを見ていたら立ち止まっているわけにはいかないなって思ったの」
「春々……」
「だから春々は今日で西崎さんとはきっちりお別れするわ。じゃないと西崎さんに失礼だものね」
「……ああ、そうだな」
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
俺が思っている以上に春々は強い子だったようだ。
「そして私、教師をあきらめようと思うの」
「もしかして、介護職か?」
「ええ、そうよ。やっぱり紗枝ちゃんのお世話をし始めてから思ってたんだけど春々は不自由な人たちの支えになりたい。そして社会に参加させてあげたいのよ」
「それが春々の大志なんだな?」
「ええ、もう迷いなどないわ」
その目からは確かに迷いなどは見られない。
ならば俺がすることは一つだ。
「応援してるよ。俺はいつだって春々の味方だから」
「……教也くん!」
「おっと、どうしたんだよ」
春々は俺に抱きついてきた。
それはいつものように茶化すような感じでなく、真剣だった。
「教也くん、春々は昔学校が好きじゃなかった。だって勉強するだけだから」
「まあ学校だからな」
学校は勉強をするところ、これが第一である。
「でもつまらない学校を教也くんと過ごすことで楽しくなったわ。教也くんは学校をオアシスに変えてくれたのよ」
それはちょっと大げさなような気もする。
「私は教也くんとこれからも一緒に過ごしていきたい。でも友達じゃもう嫌なの」
「春々……」
春々が言わんとしていることはわかる。
だからこそ俺は茶化さずに最後まできちんと聞いていた。
「教也くん、春々とお付き合いしてください」
春々の手が震えているのがわかる。
俺は春々の腰に手をまわした。
「教也くん……!」
「春々」
俺は決意した、今まで考えてきた思いに決着をつけるために。
「俺は春々と付き合うことはできない、どうしても家族にしか見ることができないんだ」
「教也くん……」
春々はしばらくショックで硬直していた。
しかし、俺が思っていたよりも早く春々は俺のもとから離れた。
「それも理由の一つだろうけど、好きな人いるよね?」
「……ああ」
「そっか、じゃあ仕方がないわね」
春々は俺に背中を向けた。
「教也くん、春々は付き合えなくてもこれからも教也くんのそばにいるわ。幼馴染として大志を最後まで見届けないとね」
「ああ、ありがとうな」
「じゃあまたね」
春々はそのまま走って帰っていった。
その顔を見ることはできなかったが容易に想像はつく。
「春々、ごめんな、そしてありがとう」
春々は介護職に就く大志を抱いた。
そして意を決して俺に告白してきた。
誇ることのできる最高の幼馴染だ。
「絶対に見届けさせてやるよ、俺の大志を……」
いろいろと学んだこの一週間。
俺はすべての人に感謝をし、家へと帰ったのであった。
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