第21話:芽生えの大志3
「あー、一日目にして相当疲れた……」
「そうね、新鮮なことが多いものね」
一日目のノルマを無事終え、俺たちは今から家に帰るところである
「……ねむい……」
「咲花、よくがんばったな、偉いぞ」
俺は反射的に咲花の頭をなでた。
しまったと思い、手を引っ込めようとしたが何の反応もない。
なんだか逆に手を引っ込めにくくなってしまった。
「教也くん、春々もがんばったんだけど!?」
「ああ、おつかれさん」
「それだけ!?」
春々も頭をなでてほしかったのだろうか?
俺は頭をなでられたい派ではないのでいまいち気持ちがわからない。
「相変わらず若いというのはいいもんだ」
「あ、こんばんは」
門を出る直前、偶然居住地から出てきた柔道のときの男性と出会った。
「こんばんは。いい忘れていたがわしの名前は西崎だ。よろしく頼むよ」
俺たち三人も一通り挨拶をし、その場を後にした。
「随分と礼儀正しい人ね」
「ああ、人間として尊敬できる人だ」
俺たちは帰り道、西崎さんについて話していた。
ちなみに守秘義務というものがあるので小さめの声で話しているつもり……ではある。
「……私はこっち……」
「咲花はそっちなのか、じゃあなー」
「また明日会いましょう」
咲花は俺たちに背を向け、夕日の照らす方へ歩いていった。
「送っていくべきだったかな?」
「もうー、教也くん、過保護すぎよ」
「そうかな?」
でもあの性格で、なおかつあの小ささなら心配するのも無理はない気がする。
「でも本当に咲花ちゃんと教也くん、仲良くなったわね」
「まあ最初のときと比べたらな」
「本当、私の方が付き合い長いのにね……」
「春々……」
その後、なんとなく気まずくなり、気がつくと家の前まで着いていた。
「教也くん、今日はだいぶと疲れたからこのまま帰るわ。紗枝ちゃんに謝っといてね」
「ああ、また明日な」
「ええ、おやすみなさい」
珍しく春々が晩御飯を作らずに家に帰っていった。
「俺もいよいよちゃんと決断しないとな……」
ちゃんと自分の気落ちを春々に伝えよう。
そしてその日はきっと遠くはないはずだ。
そう決心し、玄関の扉を開けたのであった。
「食事介助って難しいものだな」
「そうね、春々もびっくりだわ」
実習も二日目に突入した。
昨日春々とはあのような別れ方をしたからどうなるかと思っていたが、いつも通りの春々だった。
次の日まで引きずらないところはさすがである。
「……全然食べてくれない……」
「食べるのも仕事っていうのがよくわかるな」
「本当にね、教也くんっ!」
「お、おぅ……」
……やっぱりいつも通りではないのかもしれない。
ちなみに食事介助を必要としている利用者さんはたくさんいる。
自分でお箸が持てなかったり、飲み込む力が弱く、のどに詰まらせやすい人には必ず食事介助を行っている。
食事をしなければ栄養を摂取できないし、薬も飲むことができなくなってしまうから彼らからすれば一番しんどく、そして一番重要な時間なのだ。
「今から君たちは自由時間かい?」
「西崎さん、こんにちは。そうですよ」
食器を片づけている途中、西崎さんと出会った。
西崎さんは体に異常な場所はないらしく、食事介助を必要としていない。
「じゃあわしがこの施設を案内しようかと思ってるんだけどいいかい?」
「……助かります……」
施設の設備を知れるのももちろんうれしいが、やはり介護体験実習なので利用者さんと関われることがとてもうれしい。
「ちなみに皿洗いとかはしなくていいのかい?」
「はい、春々たちは実習生なのでキッチンのほうには入れないんです」
「そうか、じゃあ食器はもう片付きそうな感じだしちょっとここで待っとくよ」
「はい」
おれたちは一分ほどで残りの食器をすべて片付け終え、西崎さんに施設の案内をしてもらいに行った。
「ここはなんの部屋なんですか?」
「ここは誰でも使えるオープンスペースだな」
一つ目の施設は大きいが何もない部屋だ。
一応クリスマス会などをするときはここに机といすを運び行うらしい。
「まあでもあんまり誰も使わないがね」
「……運ぶのが大変……」
「老人ホームで机を運べと言われたらみんな引っ越しているからね」
まあでも結構使われていないのは確かだろう。
はっきり言って床もかなり汚い。
「まあここにいても何もすることはないから次に行くかい?」
「はい」
おれたちは次の施設へと向かった。
「……ここはもしかして……」
「ああ、映画館だよ」
次の施設は小規模であるが映画館だった。
前のほうは座席もあるが、後ろのほうは車いすの人のために椅子を配置していない。
「ここは人気があるんですか?」
「あるね。わしらが好きな昔の映画とかずっと流れているからな」
今でもテレビとかでやってたりはするが、それを大スクリーンに映し出されるとなると見に来る人が多いことは容易に想像ができる。
さすがはお金持ちの施設である。
「また介護体験実習が終わった後に一度見に来たらいい」
「……時間があれば見に来ます……」
……それは絶対に見に行かないやつのセリフである。
とりあえず今回は介護体験実習なので映画は見れない。
というわけで次なる施設へと移動した。
「ここは泳ぐところ……ですよね?」
「そりゃここの水を飲みに来る人はおらんよ」
「ですよね」
次なる施設はプールである。
ここのプールはあんまり使われていないのか、あまりきれいではない。
というか元気な人じゃないとプールは厳しい気がする。
「金岡先生、予算の使い方あってるかしら?」
「……それは言わない約束……」
「そうね」
俺たちはせっかくプールの施設に来たから軽く巡回した。
しばらく巡回していると、後方で何か大きな音がした。
「……西崎さん!」
さっきまでそこに立っていたはずの西崎さんが地面に倒れて込んでいた。
「大丈夫ですか!?」
春々は一直線に西崎さんのところへと駆け寄った。
俺と咲花も遅れて駆け寄る。
「西崎さん、どこか痛いところはないですか?」
「ああ、ちと力は入らないがな」
西崎さんは幸い意識があるようだ。
「教也くん、救急車に連絡して! 咲花ちゃんは施設の人を呼んできて!」
「おう、まかせておけ!」
「……行ってくる……!」
全員が自分の役割を果たすために行動した。
俺は住所を知らなかったが、幸い施設名を言っただけで通じた。
一応咲花だけでは心配なので俺も職員さんを呼びに走った。
しばらくすると、救急車の人も来て、西崎さんはそのまま運ばれていった。
「西崎さん……」
「春々、西崎さんなら大丈夫さ。意識もあったじゃないか」
「そうだけど……」
意識があったのは確かだが、西崎さんは随分と高齢だ。
正直何があってもおかしくないことは覚悟しておかなければならない。
「……とりあえずは実習をがんばるしかない……」
「咲花ちゃん……」
俺たちは教師になるためにこの実習は必須だ。
なので西崎さんが病院に運ばれたからといって病院にそのままいけないのだ。
「明日でも元気に戻ってくるさ、とりあえずは待つしかないな」
「……」
返事はなかったが、春々はそのまま施設の作業へ戻った。
だが、普段では考えられないようなミスを連発していた。
「……春々大丈夫かな……?」
「まあ本人が乗り越えるしかないからな」
俺は春々のことをよく知っている。
小さい時からいろいろな試練があったが、それを乗り越えてここまで来れたのだ。
「がんばれよ、春々」
「……教也……」
春々に届かない声で俺はつぶやいたのであった。
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