第22話:芽生えの大志4
「みんなおはよー、実習も今日で半分だけど元気かなー?」
「……大丈夫……」
「俺も元気です!」
「……」
俺と咲花は元気に返事をしたが、春々からは返事が返ってこなかった。
「桜木さーん、おーい」
「……も、森野さん!? なんですか!?」
「もしかしてだいぶお疲れなのかなー?」
「すいません、ボーっとしてて……」
春々はあまり元気がないように見える。
もしかして昨日のことをまだ引きずっているのかもしれない。
「もししんどかったら教えてねー、倒れたら大変だからねー」
「ありがとうございます……」
普段の春々では考えられないくらい春々が小さく見える。
俺も春々が倒れないようにしっかりと見張っておこう。
「……教也は春々が大切なの……?」
「ああ、当たり前だ。どんなことでも力になるよ」
「……そう……」
そう答える咲花は何だか寂しそうだった。
「じゃあ今日はお風呂の介護をしてもらうから、平くんは向こうにいる男性職員さんのほうについて行ってもらえるかしらー?」
「え、なんでですか?」
「……平くーん?」
「すいません、冗談です」
俺は一旦森野さん、春々、咲花と別れ男性職員さんのほうへついて行った。
お風呂の介助は服を脱がせてあげたり、こけないように支えたりする。
「まあこけたら命にかかわることだもんな……」
俺はしばらく利用者さんたちの服を脱がせたりと絶え間なく働いた。
しばらくして、時間となり、集合場所に戻った時、廊下で悲鳴が聞こえた。
「きゃー!!」
「昨日も同じようなことがあったな!」
俺は叫び声のほうへ走って行った。
廊下の角を曲がると、目に入ったのは倒れていた春々だった。
「春々! しっかりしろ!」
周りに構うことなく俺は春々を抱きしめ一生懸命に呼びかけた。
しかし、反応はない。
「春々、おい、春々!」
「平くん、あまり頭を揺らしてはダメよ!」
「……森野さんは黙っていてください!」
俺は冷静さを失っていた。
心では大丈夫だと思い聞かせているが、どこか不安をぬぐいきれない自分がいた。
「おい、春々!」
なおも激しく呼び続けるが、反応はない。
「平くん、本当に危ないわ! 助けたいなら一度落ち着いて!」
「落ち着いてるよ!」
俺は森野さんをうっとうしく感じ、邪険に扱った。
しかし、次の瞬間俺の顔は右方向へと弾き飛ばされた。
「……教也、落ち着いて」
「咲花……」
俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
しかし、冷静に考えてみるとおそらく咲花にビンタされたのだろう。
「教也、落ち着いて。パニックになっている教也を見たら春々は悲しむ」
「でも……」
そんなことは頭では分かっている。
しかし、このやるせない気持ちを抑えるためには何かをしないと気が済まないのだ。
「春々なら大丈夫。よく見て」
俺は春々の顔を覗き込んだ。
するとゆっくりとだが瞬きをしていた。
「おそらく春々は貧血で倒れたんだと思う。だから安静にしていれば大丈夫」
「そ、そうか……、よかった」
俺はそこでようやく自分でどれだけ我をなくしていたのかを理解した。
「すまんな、咲花、助かったよ」
「……教、いや、春々は私にとっても大事だから……」
「ん、んん」
咲花はまだ何か言いたそうだったが、そのタイミングで春々から声が漏れた。
どうやら意識が完全に戻ったらしい。
「もしかして、春々倒れたのかしら?」
「ああ、心配したんだぜ」
「ごめん、ありがとう」
春々は俺と目を合わせずに、天井のほうに向かって言うかのように語りかけた。
「私が何で貧血を起こしたのか、気になっているわよね?」
「……ああ、ただ言いたくなければ言わなくてもいいぜ」
「いや、言わせて」
いつにもなく春々が力強く答えた。
「私、最近悩んでるの。教師になりたいのか、介護職に就きたいのか」
春々はもともと紗枝の影響で特別支援学校の教師を目指している。
介護職と特別支援学校は似たような関係になるのかもしれない。
「昨日、西崎さんが倒れたのを見てから春々は介護職をしたいんじゃないかなって思い始めてるの」
確かに昨日の様子を見れば、一番春々が動いていたし、一番心配していた。
しかしそれだけで決めるのは少し早すぎるような気もする。
「……昨日、介護体験実習が終わった後、西崎さんが入院している病院に行ってきたわ」
「……まじかよ」
この介護体験実習、朝は早いし夜は遅い。
そのあとに病院に行くのはかなりしんどいはずだ。
「看病していたら帰るのが遅くなってしまってね、あまり寝てなかったの」
「なるほどな、そういうことか」
つまりは昨日懸命に看護をしていたから寝不足で倒れたということなんだろう。
「ええ、このままでは今日西崎さんのところに行けないかもしれないわ……」
「春々……」
自己犠牲の精神。
それは介護職の人間にとって必要か不必要かはわからないが、俺から春々にいうことはもう決まっている。
「馬鹿野郎!」
「……!」
「確かに介護職では他人を思いやることは必要かもしれない。それでも、お前が倒れたらもともこうもないんだぞ!」
「それでも、西崎さんを看病しないと……」
どうやら春々は何もわかっていないようだ。
「春々、お前は大事なことを忘れているぜ」
「大事なこと?」
「ああ、それは何をする上でも欠かすことのできないものだ」
介護職にも教師にも共通の能力、それは春々だって知っているはずだ。
しかし、自分で考えている中で忘れてしまっているのかもしれない。
「勿体つけないで教えてよ」
「ああ、それは協働だ」
「協働……」
協働とは協力してともに解決していくということだ。
簡単に言うとチームワークである。
「何で西崎さんのところに行くときに、俺たちに相談しなかったんだ?」
「それは……」
春々のことだから迷惑をかけたくなかったんだろう。
しかし、俺たちからすれば頼りにされないほうがずっと悲しい。
「最近将来の進路でも悩んでいただろう? 何で相談してくれないんだよ」
「それは……春々が決めなきゃいけないことだから」
もちろん最終決定をするのは春々だ。
しかし、俺たちはそれをサポートすることができる。
「カイトのときにも星海がいってただろう? 鎖を壊すのは自分自身にしかできないけど翼を大きくさせることはできるって」
「……」
「もっと自分の周りを見てみろよ。その人たちは全員春々の味方だ」
今はカイトや星海、紗枝はいないが、ここには俺や咲花、森野さんだっている。
いつだって俺たちは一人じゃないんだ。
「みんな……、みんな……!」
春々はその場で糸が切れたかのように泣き出した。
そんな春々をほうっておくことはできず、そっと抱き寄せた。
「俺はいつだって春々のそばにいるぜ。忘れないでくれ」
「……教也くん」
結局春々はそのまま体調不良で早退した。
それでもちゃんと出席扱いにしてくれるらしい。
森野さんには感謝しかない。
「……俺も本当に目指したいものを考えないとな」
自分の中にずっと持っていた大志。
それが今新たに覚醒しようとしている。
春々のため、仲間のため、そして自分自身のため、残り二日間を有意義に過ごそうと決意したのであった。
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