第20話:芽生えの大志2
「結構立派な施設ね」
「ああ、予想の三倍くらい大きいな」
紗枝を無事に送り届け、俺たちは横にある老人ホームへ到着した。
思った以上の高級さに驚きを隠せなかった。
「……とりあえず押す……」
「意外と行動力があるわね」
迷いもせずに咲花はインターホンを押した。
「はい、どちら様ですかー?」
「……介護体験実習できました……」
「あー、学生さんねー。今から行くからちょっと待っててねー」
「……はい」
インターホンがぶちっと切れた。
「なんか面白そうな人だな」
「そうね。顔を見なくてもなんとなくどんな感じかわかりそうだわ」
俺たちは一分間くらい待ち、やがてその門は開いた。
「いらっしゃいー、どうぞ中に入ってー」
「ありがとうございます」
門を潜り抜け中に入る。
そこはまるで小さな国のようになっていた。
「とりあえず職員室に来てもらおうかなー」
俺たちは一角にある居住地のようなところに案内された。
そこには小さな個室がいくつもあり、ネームカードもあるのでどうやら居住地で間違いないらしい。
「さてー、この部屋よー」
中に入るといたってシンプルな部屋だった。
学校の職員室とあまり変わらない。
「さてー、じゃあそちらの女の子から自己紹介をお願いできるかしらー」
「……はい」
咲花は座りながら、職員さんに向かって自己紹介をした。
「……私の名前は春風咲花……です」
「あらあらー、全体的に可愛らしい名前ねー。春風さん、よろしくねー」
職員さんは咲花から目を外し、俺のほうを見てきた。
どうやら俺の番らしい。
「じゃあ次は両手に花のあなた、自己紹介をしてもらえるかしらー」
両手に花……、物は言いようだな。
「俺の名前は平教也です。中学の時から先生にあこがれていました。よろしくお願いします」
「ふーん」
職員さんがまじまじと俺のことを観察してくる。
何か服装がまずかったのだろうか。
「君が平くんねー、よく話には聞いてたけどいい男ねー」
「すいません、俺年上は無理です」
「私だって結婚しているわよー」
冗談はさておき、、非常に気になったのはよく話を聞いたというところだ。
俺の担任である西山先生が俺について語ったのだろうか?
「オッケー、平くんのことは覚えたわー。じゃあ最後にそっちの女の子、自己紹介をお願いできるかしらー?」
「はーい!」
春々は今までの流れを断ち切るかのようにその場に立って自己紹介を始めた。
「春々の名前は桜木春々です。一応そこにいる教也くんとは幼稚園からの幼馴染です。よろしくお願いします」
「あー、あなたが桜木さんねー」
「……?」
春々が困惑の色を浮かべる。
おそらくこの職員さんは春々のことも知っているのだろう。
「確かに桜木さんは第一印象から魅力的ねー。そりゃあの子があきらめるのも無理ないかもしれないわねー」
「……あの?」
「あ、ごめんなさいー。こっちの話だから気にしないでー」
いや、そんなこと言われても絶対に気になるだろ。
そんな突っ込みたくなる気持ちを心の奥底に封印した。
「さてー、今度は私の番ねー、私の名前は森野海空(みそら)よー、よろしくねー」
「森野さん……?」
「どうしたのー、平くんー?」
「いや、なんでもないです」
名字が森野で名前が海空……、正直偶然とは思えないが間違ってたら初日から悲しくなるので言わないでおこう。
「もしかして、森野星海さんのお母さんですか?」
「えー、そうよー」
咲花も春々もそうだがなかなか行動力がある。
俺はなんだか二人を見習いたくなってきたぞ。
「……でもあまり似ていない……」
「あらー、ちゃんとおなかを痛めて産んだ私の娘よー? まあ似てないというのはよく言われるんだけどねー」
正直顔立ちが似ていないというよりは、性格がぜんぜん違う気がする。
正反対といっても過言ではないかもしれない。
「ちなみに星海の友達だからといってひいきとかしないからよろしくねー」
「はーい、改めてよろしくお願いします」
まさか担当の職員さんが星海のお母さんだなんて考えもしなかった。
とはいえだいぶと緊張していた体は和らいだ。
「さてー、じゃあ今からあなたたちが実習をする場所にいって早速始めるわよー」
森野さんは席を立ち、俺たちを誘導する。
一角にあった居住地を出て、俺たちが向かったのは中央にある大きな施設だった。
中に入ると予想通り大きな空間で、多くの施設利用者さんがいた。
「うわー、めちゃくちゃ大きいですねー」
「そうでしょー、東京ドームもびっくりの大きさよー」
「そんなにお金持ちの施設利用者さんが多いんですか?」
そんな質問、聞くまでもないだろう。
利用者さんから大金をもらわないとこんな大きな施設は成り立たない。
「あらー、そんなことはないわよー」
「へ?」
森野さんと春々が話をしているのに俺の間抜けな声が漏れてしまった。
さすがに恥ずかしい。
「平くんー、もしかして学校から何も聞いてないのかしらー?」
「はい、何も知りません」
「それじゃ仕方ないわねー、まあ簡単に説明するから聞いてちょうだいー」
「はい」
咲花の方をチラッと確認したが、どうやら咲花も理由を知らなさそうだ。
西山先生、俺たちに教えてないこと多すぎませんかね。
「この施設は結構新しくてねー、でも建設以降は毎年実習生を招いていたわー」
「はあ、なるほど」
「ぶっちゃけた話をするとねー、この施設はそんな実習生のためにあるのよー」
「……どういうことですか……?」
俺も話の流れを理解できない。
お年寄りのためにある施設なのに、俺らのためにあるとはどういう意味だ?
「多くの施設を建てて、少人数にすることによって多くのことが学べるように教育委員会が建設したのよー」
「教育委員会が!?」
教育委員会が立てたということは金岡先生の指示だろう。
さすが、お金を持っているとやることが違うな。
「だから私も教育委員会には感謝しているわー、お給料もなかなか良いしねー」
森野さんは年相応の笑い方をしている。
もしかしたら星海がカイトを積極的に助けているのはこういうことも関係しているのかもしれないな。
「さてー、じゃあそろそろ実習をしてもらおうかしらねー」
「はい、よろしくお願いします!」
俺たちは森野さんに中央へと連れられ、しばらく待機させられた。
しばらくすると利用者さんがぞろぞろと近くに集まってきた。
「みなさーん、真ん中に注目してくださいー」
全員の視線が俺たちに集まる。
視聴率百パーセントも夢でないレベルに視線を感じる。
「ここにいる三人は今日から一週間職員として働きますー、みなさん、よろしくお願いしますをしてくださいー」
「よろしくお願いします」
かすれかすれの声が施設内を響き渡る。
年齢もばらばらなので、元気そうな人とそうでない人では声の張りもぜんぜん違った。
「よろしくおねがいします!」
俺たちも挨拶をし、その場は解散となった。
俺たちはその後、施設の一角にある道場に向かった。
「……ここは何をする場所ですか……?」
「そりゃもちろん道場だから武道をする場所よー」
道場の扉を開けると、そこにはたくさんの利用者さんが胴着を着ていた。
「森野さん、おす!」
「みなさんー、おすー」
森野さんのゆるい声が張り詰めていた空気を一気に緩める。
「ちょっと実習生も混ぜてもらっていいかしらー?」
「おす!」
「じゃあー、はいー」
俺たち三人は胴着を渡された。
「森野さん、春々たちも着替えるってことですか?」
「ええー、そうよー、更衣室で着替えてまたここに戻ってきてねー」
俺たち三人は更衣室に案内された。
もちろん男女別である。
「……めっちゃサイズぴったりだ」
実際に更衣室に入り、着替えてみるとめちゃくちゃぴったりだった。
もしかして事前に調べられていたのかもしれないと思うくらい、逆に怖い。
再び道場に戻り、しばらくすると春々と咲花が戻ってきた。
「どう、教也くん、セクシーかしら?」
「胴着でそんなこと思ったら終わりだろ」
春々と咲花のスタイルは正反対だ。
しかし、超小柄な咲花さえ胴着がぴったりである。
「……森野さんは……?」
「どっかいっちまったな」
森野さんがいなければ話が進まない。
それを見かねたのか、一人の男性が俺たちのところに近づいてきた。
「とりあえず一緒にやってみるかい?」
「あ、いいですか?」
その男性はおそらく八十歳くらいだろうか。
白髪で埋め尽くされ、立つのもしんどそうだがきちんと胴着を着て練習していた。
「もちろん。実習生には積極的に参加してもらわんとな」
俺たちはその人についていき、一緒に練習をした。
「とはいってもわしらはたいしたことはやらんよ」
もちろん全員年をとっているので、投げ技など危険なことはしない。
イメージとしては、ゆっくりと倒れ、受身を取る練習だった。
「なかなか難しいわね」
「柔道やったことないのかよ」
しかし所見で受身は難しいかもしれない。
俺は春々を手で押してあげ、受身の取り方を教えてあげた。
「もっとちゃんと教えてよー」
春々は腰を突き出してくる。
それは昔と比べてずいぶんと女性の体になっていた。
「……!」
「なになに、どうした!?」
「……私にも教えて……」
袖を引っ張られ、春々のところから引き離された。
「……むぅ」
春々がずいぶんしかめっ面をしている。
何も悪いことをしていないけど一応後で謝っておこう。
「で、咲花も受身ができないのか?」
「……できる」
「何で俺のこと呼んだんだよ!?」
結局俺たちは利用者の皆さんも交えて十分に柔道を楽しんだ。
途中で利用者さんから、若いのーという皮肉めいた言葉もいただきましたとさ。
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