第19話:芽生えの大志
「なんで誰も教えてくれないんですか!」
「そんなことを言われてもわからないものはわからないのよ」
俺は担任の平沢先生に向かって声を荒げる。
中学三年生の二学期、大志を抱き教師を目指そうと思ったのにその先生は学校から姿を消してしまった。
「先生によってランク付けでもしてるんですか!」
先ほどの始業式の時、教頭先生は定年退職で学校を去ったことは伝えられた。
しかし、恩師の先生のことは一切触れられなかった。
「だから先生にもわからないのよ」
これ以上担任に聞いても時間の無駄だと判断した俺は、教室を飛び出した。
「ちょっと、どこに行くの!?」
俺は担任の声を無視し、校長室へと走った。
俺はノックもせずに目の前にある校長室の扉を開けた。
「なんだね、ノックもせずに無礼な」
「なんで教頭先生のことしか理由を言ってくれなかったんですか!?」
「ああ、そのことか」
校長は俺の迫力に動じることなくコーヒーを注ぎながら言った。
「私にもわからないが昨日辞職届を出しに来てね。学校をやめてしまったよ」
「そんな!? 絶対に嘘ですよ!」
「証拠はあるのかね?」
「くっ!」
確かに先生がそうした可能性はゼロではない。
しかし、毎日夏休み教えてもらっていた俺からすればそれが違うということは確実なのだ。
「とにかく絶対に嘘だと思うんですよ! ちゃんと調べてみてください」
「ああ、善処するよ」
俺はこれ以上言っても意味がないと決断し、その場を去った。
「先生、なんで急に俺の前から姿を消したんだよ……」
せっかく大志を抱き教師という夢に向かって頑張ろうとした矢先だったのに。
結局二学期に恩師が帰ってくることはなかった。
「……は!」
唐突に体が起き上がる。
どうやら夢を見ていたようだ。
「ずいぶん懐かしい夢を見たな……」
俺にとっては大志を抱き、夢が始まった時の出来事だ。
あの時の恩師にお礼を言いたいのだが、いまだに出会うことはなかった。
「お兄ちゃん~、起きてる~?」
「ああ、起きてるよ」
俺は紗枝の声で完全に目を覚まし、着替えてから下に降りた。
「お兄ちゃん、そういえば今日から介護体験実習だね」
「ああ、そういえばそうか」
「忘れてたの~、もう、お兄ちゃんったら」
カイトの出来事から一週間ちょっとが経過し、ついに六月に入った。
今日から一週間は介護体験実習と言って、俗にいう老人ホームに行き、介護などを通して生命の尊さを学ぶのだ。
「俺、子どもが好きだから教師を目指しているのに何で老人ホームに行かないとダメなんだろうな?」
「そんなの教育界のお偉いさんにでも聞いてよー」
「さっそくカイトのお父さんにでも電話するか」
冗談はさておき、これも教師になるうえで避けては通れない道だ。
しかも、今回は二人から三人のチームで別の老人ホームに行くので超少数である。
「そろそろ春々さん来るんじゃない?」
「確かに。じゃないと朝ご飯抜きだからな」
「えー、そんなの嫌だよー」
ちょうど俺たちがやり取りをしているときにインターホンが鳴った。
いつも通り玄関の鍵を開け、春々が入ってくるのを待った。
「おはよー、今日はゲストもいるわよー!」
「なんでお前が俺の許可なしにゲストを連れてくるんだよ……」
春々の後ろに隠れていたゲストは小柄だからかすっぽりと隠れていた。
しかし、それだけで誰が隠れているのかがなんとなくわかる。
「おはよう、咲花」
「……教也、おはよう……」
「本当にあなたたちは仲が良いのか悪いのかわからないわね」
なぜ今日は咲花も来ているのか、答えは簡単である。
「今日から一週間、介護体験実習を頑張るわよ!」
「まあとりあえず中に入ってくれ。腹が減った」
「ええ、お邪魔するわよ」
「……お邪魔します……」
春々は一直線にキッチンに向かった。
一方で初めてこの家に来た咲花はどうすればいいか戸惑っていた。
「咲花も俺と妹と一緒に待とうぜ」
「……妹……」
「ああ、そこにいるぜ」
紗枝は俺たちの声が聞こえていたのか、車いすで俺たちのところまでやってきた。
「はじめまして、妹の平紗枝です。よろしくおねがいします」
「……私は春風咲花、よろしく……」
「はい、よろしくお願いします!」
典型的な挨拶を終わらせ、俺たちはリビングへ向かった。
しばらくすると、春々が朝ご飯をテーブルに運びに来た。
今日の朝ご飯はご飯とみそ汁、そしてサバの味噌煮とザ・和食である。
「さて、ではいただこうかな」
「ええ」
俺たちは四人でいただきますをし、朝ご飯を食べた。
いつも通り春々の朝ご飯はおいしい。
「今日はお兄ちゃんたちと一緒に行くからよろしくね」
「ああ、まかせとけ」
特別支援学校と老人ホームは横にある。
そしてここからとても近いので、今日は紗枝の車いすを押して一緒に登校するのだ。
「……二人は仲が良い……」
「まあ兄弟だからな」
俺的にも他の兄弟よりも仲が良い気はするが、シスコンだと思われそうなのでそれを言うのはやめておこう。
「ところでお兄ちゃん、一つ聞いてもいいかな?」
「ん、なんだ?」
「お兄ちゃんは春々さんか咲花さん、どっちのことが好きなの?」
「ぶっ!」
「春々、汚いな」
「春々にはなんで教也くんがそんなに冷静なのかがわからないわ」
「……私には春々がわからない……」
「咲花ちゃんまで……」
春々は激しく取り乱す。
もちろん俺も心の中ではかなり動揺しているが、いじられたくないので心の中でその気持ちを押し殺しているのだ。
「で、お兄ちゃんはどっちが好きなの?」
「春々も知りたいわ!」
「……」
三人の視線が俺に集まる。
俺の心の中では答えは決まっているが、この場で言うことはためらわれた。
「あ、もう時間がないぜ! 早くいかないと!」
「あ、お兄ちゃんが逃げた!」
「逃げたわね」
「……情けない……」
そんな三人を無視して、俺は一番最初に玄関に出て、家の前で待機したのであった。
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