第17話:真実の大志3

 「さて、カイトくん、聞かせてもらいましょうか」

 「春々ちゃんはなんの前座もなく聞いてくるタイプなのだね……」

 「そうね」

  ファミレスに着いた俺たちは放課後ということもあってか、とりあえずドリンクバーだけを注文した。

 「さて、じゃあ何から説明しようかね?」

 「あの、じゃあ私から一ついいですか?」

 「いいよ、星海ちゃん。何でも聞いてくれたまえ」

  この件に関して星海はかなり積極的だな。

  きっと本人なりの恩返しのつもりなんだろう。

 「カイトさんはお父様とあまり仲がよろしくないのでしょうか?」

 「ああ、一ミリも仲良くないね」

 「喧嘩でもしたんですか?」

 「いや、昨日今日のことじゃないよ。もっと昔のことだね」

  カイトはジュースを一気に飲み干した。

  そしてぽつぽつと昔のことを語り始めた。

 「僕の家庭は昔から父が厳しくてね。俗にいう英才教育を施されていたのだよ」

 「まあなんとなくそんな気はする」

  実際にカイトは学力も高いし、英語もペラペラだ。

  これは英才教育の賜物なんだろう。

 「だから学校なんかに通っていなかった。家にいろんな先生が来て勉強だけを教えくれる、そんな毎日だったのさ」

 「それは良くない気がしますね……」

  確かに星海の言うとおりだ。

  学校は社会の縮図といわれているように勉強だけを学ぶ場ではない。

  集団行動から規範意識や協働の大切さを学ぶのだ。

 「だからこそ僕には友達がいなかったのさ。そして両親も忙しく相手をしてくれなかった。僕は籠の中の鳥だったのさ」

 「籠の中の鳥……」

 「咲花ちゃんは意味が分かるかい?」

 「……大事にされすぎて社会と遮断されること……」

 「その通りだよ」

  籠の中の鳥は外敵から襲われることがなく安全だろう。

  しかし、野生の鳥と違って自由に空をはばたくことができないのだ。

 「だからこそ僕は勉強をしながら思ったのさ。父に復讐するために勉強を頑張るとね」

 「復讐……あまりいい言葉ではないわね」

 「確かにそうさ。でもあの時の僕はそう思っていたからこそ頑張れたのさ」

  復讐心は人間に絶対的な信念を与える。

  復讐の善悪はともかくその考えで日々を乗り越えることができたならそれでいいような気もする。

 「ところで平、僕の父はなんの仕事をしているか知ってるのかい?」

 「もちろん知らねえよ」

 「まあそんなことだろうとは思ったさ」

  まあ基本的には家では紗枝の世話をしていることが多いからな。

  あんまりメディアに関しては良くわからない。

 「……金岡の父は教育委員会の委員長……」

 「さすが咲花ちゃんだね」

 「委員長!?」

  教育委員会の委員長は教育界のトップクラスだ。

  カイトが金持ちなのもうなずける。

 「委員長だからこそ僕に英才教育をしたのさ。そして将来的には継いでほしかったんだろうね」

 「その通りだと思うわ」

  自分の地位を息子に継いでもらいたい、親なら誰しもが思うことだろう。

  しかしそのやり方が正しかったのかは俺には分からない。

 「だから僕は教師になって父のやり方を全否定して上へのぼりつめたい。これが教師になりたい本当の理由さ」

 「体験学習の時はうその理由を言ってたのね」

 「それに関しては申し訳ない」

  人には人の理由があるようにその嘘を責めることは誰にもできない。

  それは誰しもがわかっているはずだ。

 「……じゃあ金岡は昔の憂さ晴らしで怒ったの……?」

  咲花の質問はもっともだ。

  今日来た父に向かって憂さ晴らしをするのはあまりに遅すぎる気がする。

 「それは違うね。あれは父が再び僕を連れ戻しに来たから怒ったのさ」

 「連れ戻すってどういう意味ですか?」

 「私も知りたいわ」

 「英才教育の後、高校に入ってからは自由になったのさ。でも父が今日ここに来て、一週間授業をするのは僕を再び後継者として連れ戻しに来たということなのさ」

  今まで社会と関わっていなかったから束の間の自由を与え、社交性を養わせてまた籠の中に閉じ込める。

  実に悪魔的な発想ではあるが、理にはかなっている。

 「結局僕は籠の中の鳥のままだったというわけさ。自由に空を飛んだと思っていたら足に鎖がついていて満足させたらまた籠の中に戻す、そういうやり方だったのさ」

 「カイトくん……」

  ここまで完璧にされていたら俺たちも中々活路を見出しにくい。

  しかし、その静寂を破るかのように声が響いた。

 「なんで自分に限界を決めているんですか……!」

 「星海ちゃん、これは仕方がないことなんだよ」

 「仕方がなくないですよ! 足に鎖がつけられた鳥は自由になれないのですか!?」

 「そうだとも、足に鎖があると飛べないから自由にはなれないね」

  確かにカイトの言うとおりだ。これではいくら羽ばたいても無意味だろう。

 「それは自分で限界を作ってるんですよ! 空を飛べなければ歩けばいいんです!」

 「でも、鎖でつながれていては結局歩くこともできないのさ」

 「じゃあその鎖を壊せばいいんです!」

 「鎖を……壊す」

  その発想はなかった。

  確かに鎖を壊せば籠から自由に飛び立つことができるだろう。

  しかし鎖を壊すことは容易なことではない。

 「そうですよ、カイトさんはここまで色々と頑張ってきたんですよね?」

 「もちろんだとも。でもいくら羽ばたいたって鎖が邪魔で遠くに行けないんだよ」

 「私は努力していることに意味があると思うんです」

 「どういうことだい?」

  星海の言葉に俺と春々、咲花の三人は口をはさめないでいる。

  それほど今の星海は熱い気持ちを持ってカイトに思いを伝えているのだ。

 「つながれた鎖だっていつまでも新品なわけではないんです。鉄が錆びていくように鎖も年月とともに壊れやすくなります。そしてカイトさんはずっと羽ばたき続けてるんですよ、青い空に向かって」

 「どういうことだい?」

 「古くなった鎖を何回も羽ばたいていたらいつかは壊すことができるはずです。壊れないからってあきらめないで思い続けていたらきっとあの空へ羽ばたけるはずなんですよ!」

 「星海ちゃん……」

  その通りかもしれない。鎖があるから出来ないというのは理由にならない。いつだって可能性が少しでもあるのなら俺たちはそれに向かって手を伸ばさないといけないのだ。

 「カイトさん、もう一度お父様ときちんと話し合ってみてください。もしそれでも自分の思いが伝わらなかったらおもいっきり羽ばたき続けてください。でももし説得することに成功したら鎖のカギをもらえるのかもしれませんよ」

 「……まったく、星海ちゃんにはかなわないな」

 「人には強いところと弱いところがありますからね」

  真剣だった空気が徐々に和らいでいく。

  それとは対照的にカイトの目はより真剣なものに変わった。

 「ありがとう。帰ったら父と話してみるよ」

 「はい、そうしてください!」

  笑いあう二人を見ていたら俺たちも笑顔になっていく。

 「二人とも……とても情熱がある」

 「ええ、よき友であり、良きパートナーなのかもしれないわね」

 「俺と春々みたいだな」

 「え、ええ! 教也くん、と、突然どうしたの!?」

 「いや、思ったことを口に出しただけなんだが……」

  今の俺があるのは昔からの付き合いがある春々の影響が大きいのだろう。

  そしてこれからもお互いを高めあっていくのに必要不可欠なのだ。

 「……教也は罪づくりな男……」

 「なんでだよ」

 「咲花ちゃん、なんで教也くんのこと下の名前で呼んでいるの!? もしかしてあなたも教也くんのことを……」

 「……さあ……?」

 「もう、咲花ちゃーん!」

  咲花が春々のことをからかう。

  俺はその時初めて咲花の笑顔を見た。

  他人とは壁を作っていたように見えた彼女だが徐々に打ち解けている。

  そんな咲花を見て俺はうれしくなった。

 「俺もいろいろと頑張らないとな……」 

  誰に言うというわけでもなくつぶやいた言葉。

  自分をさらに遠く、高く飛んでいけるよう今一度大志を心に抱いたのであった。

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