第15話:真実の大志
「えー、今日は転校生を紹介するぞ~!」
「えー!」
教室内が突如ざわめきに襲われる。
あれから四週間が経過した。
もう六月が目前に迫ってきた。
そんな高校三年生のこの時期に転校生が来たのだ。
そりゃ教室内がざわついてもおかしくはない。
「可愛い女の子じゃなければいいわ」
「なんでだよ」
「ただでさえ星海ちゃんもいるのに……」
一人で指をもじもじさせながらつぶやく。
俺は星海というワードしか聞き取れなかった。
「じゃあ教室に入ってきてくれ」
先生の合図と同時に教室のドアが開く。
教室の中に髪をなびかせながら小柄な女の子が入ってきた。
教室内が分かりやすく歓喜に満ち溢れる。
なんて単純なやつらなんだ。
「ちょっと、教也くん、可愛い子が入ってきたわよ! どこのクラスの子が間違って迷い込んだのかしらね!?」
「……現実を見てくれ」
男の俺としては素直にうれしい。
これはきっと性として仕方がないと自分の中で正当化しておこう。
「じゃあ簡単に自己紹介をしてくれ」
「……はい……」
丁寧に黒板を書いていく。
しかし、女の子あるあるの文字が小さすぎてあまりよく見えない。
「……私の名前は春風咲花(さくか)……よろしく」
「……」
教室内が静寂に包まれる。
きっと全員同じことを思っているはずだ。
「え、これで終わりなのかしら?」
「パンチ力の強い子がきたな……」
なんというか、すごいオーラを感じる。
「咲花ちゃん、質問いいかい?」
勇者カイトが手をあげる。
てか女の子ならだれでもいいのか。
「彼氏はいるのかい?」
「カイトさん……」
さすがに勇者過ぎる質問だった。
初対面の男にこんなことを言われたらこの上なく気持ち悪いだろう。
「……死ね……」
「え」
俺の幻聴なのだろうか? 転校生の口から死ねという言葉が発せられた気がする。
「じゃあ春風の席は……平の横が空いてるな。そこに座ってくれ」
「……絶対に嫌……」
なぜか面識もないのに拒絶された。
意味不明の最上級である。
「なんだ、平と面識あるのか?」
「……関係ない……」
クラスの視線が俺に集まる。
今なら痴漢の冤罪で捕まった人の気持ちがわかるような気がする。
「……教也くん、なんでこんなに嫌われてるのかしら?」
「本当に心当たりがないんだけど」
「本当かしら?」
もはや春々にすら疑われてしまった。
でもこの状況を見ればそう思うのは当然のように思えてしまうのが恐ろしい。
「まあでも平の横しか空いてないからな」
「……」
転校生は無言で教壇からこっちへ向かってきた。
そして俺の前を素通りせずに、わざわざ立ち止まってきた。
「……平教也……許さない!」
「まてまて、俺何かしたか!?」
俺は人間なので相手の考えていることは完全にはわからない。
しかし、その目は憎悪に満ち溢れていて、さらに見下しているように見えた。
「話す必要もない」
それ以上転校生は発言せずに席へとついた。
「転校生ちゃん、初めまして! 桜木春々よ。春仲間だけどよろしくね」
「……よろしく……」
無表情のまま転校生は答える。
どうやら春々のことを嫌っている素振りはないから俺だけに向けられた憎悪らしい。
ますます謎は深まるばかりだった。
「咲花ちゃんも一緒にご飯食べない?」
「まじかよ」
昼休み、春々は転校生を昼ご飯に誘うというチャレンジを試みていた。
どう考えても一緒に食べるとは思えない。
しかもさりげなく名前で呼んでいる。
「……わかった……」
「本当にいいの!?」
「……うそをつく理由がない……」
誘ったのは春々なのに春々が一番驚いている。
そして俺は生命の危機を感じている。
「……じゃあ俺は食堂に行ってくる」
「うそはいけないわね。今朝お弁当をカバンの中に入れてたじゃない」
「そうでしたね」
俺はあきらめて席につく。
席についた俺を転校生は責めてこない。
どうやら同じ空気を吸うことは許可されているようだ。
「僕もお昼に参加させてくれたまえ」
「私もよろしくお願いします」
「もちろんよ。星海ちゃんもカイトくんも座って座って」
五人分の机をくっつけ、お弁当を机の上に広げる。
毎日一緒に食べているから大体その子の傾向が分かる。
まず、春々は俺の家で作っているので同じ弁当で、王道な感じである。
星海はすごいヘルシーなお弁当で、八割くらいが野菜である。
カイトは金持ちの家庭だからか、とにかく高級そうな弁当だ。
そして一方の転校生はというと……
「咲花、なにこれ?」
「……目見えてる? キャラ弁」
「いや、そりゃわかるんだけど」
咲花のお弁当は一面がペンギンのキャラクターで埋め尽くされていた。
てか現実でキャラ弁を見たのは初めてかもしれない。
「教也くん、さりげなく下の名前で呼んでいたわね」
「……平教也!」
「ごめんごめん、いつもの癖で」
星海も春々も下の名前で呼んでるからついいつもの癖が出てしまった。
「いつも下の名前を呼んでるって……女たらしみたいね」
「なんで火に油を注ぐんだ」
とは言え正直なところ、名字で呼ぶよりも下の名前のほうが文字数も少ないしそう呼びたいのは事実である。
「咲花、下の名前で呼んだらだめか?」
「……殺す……」
言葉の殺傷能力が強すぎる。
きっと咲花の中ではいいえというのは殺すと同義語なんだろう。
「……でも私にそんな権利はない……」
「じゃあ咲花と呼んでいいってことか?」
「……好きにすればいい……」
一応下の名前で呼ぶ許可を得ることができた。
ただそれだけのやり取りなのになんだかどっと疲れた。
「教也くん、さすがね。女たらしは一味違うわ」
「なんでさっきから若干怒ってるんだよ」
長い期間幼馴染をしているからか、些細な感情の変化にも気づけてしまう。
謎の特殊の威力である。
「べつに」
とは言えこういう時の春々はどうしようもない。
仕方がないからもう一つの用事を先に進めるとするか。
「俺のことも下の名前でいいぞ」
「またこの期に及んで女たら……」
「もうそれはいいから」
平教也とフルネームで呼ばれるのはなんかむず痒い気持ちになる。
毎回そう呼ばれるのは正直厳しいものがあるのだ。
「……断る……」
「な、なんで!?」
「……呼ぶ方の権利は私にあるから……」
確かにさっきと違って呼ばれる側と違って呼ぶ側には権利があるのかもしれない。
「でもいちいちフルネームで呼ぶのはめんどくさくないか?」
「……そんなことない……」
それを言われたら正直終わりである。
仕方がないからこの話は終わらせることにした。
「咲花さん、そういえばなんで教也さんのことを嫌ってるのですか?」
「それは僕も聞きたいね」
「……話す必要はない……」
どうやらこの件に関して咲花は話すつもりはないようだ。
てか全く心当たりがないので咲花の被害妄想な気がするが。
「教也くんも罪な男ね~」
「本当にそうですね~」
「なにこのいじり? なんでこんなに……」
そう言いかけたとき、大きなおなかの音が聞こえた。
「……お腹空いた……」
「ごめんね、咲花ちゃん。だいぶ時間も過ぎたことだしお昼にしましょうか」
俺たちは自分達の弁当を少し急ぎ気味に食べたのであった。
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