第12話:現実の先に待つ大志4

 「いよいよ明日か……」

  俺たちが描いた物語もいよいよ前日を迎えた。

  今日は明日の授業に向けて星海が一通り授業をする。

  いわゆるリハーサルである。

 「なんだか緊張します……」

  リハーサルは放課後に実施しているので周りに人はいない。

  なので生徒役は俺、春々、カイトの三人だけである。

 「まあ身内三人しかいないんだからリラックスしていこうぜ」

 「そうだとも、間違って人は成長していくものだからね」

 「私、間違うこと前提なんですね……」

 「もう、カイトくん。余計なこと言わないの」

 「はい」

  アットホームなこの空気。

  改めて仲間の大切さを実感する。

 「じゃあ始めますね」

  そこからの星海は圧巻だった。

  特に二つのことが印象的である。

  一つ目は自信をもって模擬授業を行っていたところである。

  星海はいつも自信なさそうに見える。

  その裏返しとしてよそよそしさが見え隠れしているのかもしれない。

  しかし、授業の星海は今まで見た中で一番いきいきしていた。

  それは純粋に楽しんでいて、そして教師というのが好きなんだろう。

  やはり教師が楽しそうに授業をしていると生徒まで楽しくなる。

 「どうでしたか、私の模擬授業は?」

 「ええ! 凄い良かったわよ!」

 「これも僕のおかげだね」

 「なんでだよ」

 「……あながち嘘でもないんですよ」

  珍しく星海がカイトのことを擁護する。

  その目は珍しく尊敬のような眼差しをしていた。

 「どういうことだ?」

 「私の発音、どうでした?」

 「なんかすごくきれいになっていたぜ」

  これがもう一つ驚いたことだ。

  前の星海は俗にいうカタカナ英語であった。

  しかし、模擬授業の星海は英語の発音が非常にきれいで引き寄せられた。

 「それ、カイトさんのおかげなんですよ!」

 「な、なんだってー!!」

 「おい平、そんなに驚くことでもないだろう」

  確かにこの中ではカイトが圧倒的に良い発音をしている。

  しかし、普段のカイトを見ているとまさかそこまで手伝っているとは思わなかった。

 「……下心って怖いな」

 「なぜ君は僕に対してそんなにも偏見を持っているんだい? これは善意だよ、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 「まじかよ」

 「そーですよ、カイトさんは朝早くから音読を手伝ってくれたんですよ」

 「まじかよ、こんな短期間で上達するもんなんだな」

 「僕の教え方がいいんだよ」

  認めたくないがそういうことなんだろう。

  カイトの教え方が良く、さらに努力家の星海ならこんな奇跡が起きても不思議ではないのかもしれない。

 「てか春々は知っていたのか?」

 「え、知らないわよ。いつも春々たちは一緒に登校しているじゃない」

 「そりゃそうか」

  改めて彼女のあきらめない心を知り、深く自分の心の中で感心する。

 「一応これで明日いけますかね?」

 「そうね、緊張しすぎなければ大丈夫だと思うわ」

 「うう、頑張ります……」

  明日の本番は今日の十倍の人がいる。

  おそらく星海じゃなくても大半の人が緊張するレベルだろう。

 「失敗を恐れずに自信をもっていけば結果はついてくるさ」

 「カイトさん……、ありがとうございます!」

 「カイト、いつからそんないいやつになったんだ?」

 「いちいち癇に障る言い方をするね、君は」

  俺と春々、星海、そしてカイトの三人は笑いあう。

  前日のリハーサルで緊張もほぐれ大成功だったようだ。

  明日の成功を祈って、俺たちは別れたのであった。


 「やばいくらい緊張しています……」

 「まあ昨日と同じようにやれば星海ちゃんなら大丈夫さ」

  ついに模擬授業当日を迎えた。

  まもなく休み時間も終わり、いよいよその時を迎えるのだ。

 「カイトくんのいう通りよ。星海ちゃんは昨日のリハーサル、とてもよかったんだから変に緊張せずに頑張りなさい」

 「春々さん……」

  春々は星海のことを抱きしめる。

  それだけで星海の緊張は随分和らいだように見えた。

 「まあおれたちがついているよ」

 「なんか教也くん、おいしいところ持っていったわね」

 「本心から言っただけなんだが……」

  しばらくたわいのない雑談をしているとチャイムが鳴った。

  いよいよ模擬授業の開始である。

 「じゃあ私たちは席に戻るけど星海ちゃん、頑張ってね!」

 「はい、頑張ります!」

  おれたちは席へ戻り、星海は教檀へと向かった。

  まず担任であり英語の担当の先生である西山先生の話から始まった。

 「えー、みなさん、ついに今日から模擬授業が始まるけど情熱さえあれば必ずできるからみんな頑張っていこうな」

 「ねぇねぇ教也くん、クラス初日も先生同じようなこと言ってたね」

 「授業中くらい静かに聞いてあげろよ……」

  簡潔に春々に返答し、再び耳を傾ける。

 「じゃあ一番手は森野からだな。自分のタイミングで開始してくれ」

 「はい」

  星海は大きく深呼吸をし、目をつぶった。

  その時に星海は何を考えていたのかはわからない。

  しかし数秒後に目を開けた彼女の瞳は輝いて見えた。

 「じゃあ始めます」

  クラス中が静寂に包まれた。

  模擬授業を実施するのは星海だけではない。

  あくまで今日は星海というだけの話であって、全員やらなければならないのだ。

  なので彼らからすれば星海がお手本になるのだろう。

  静かに真剣に聞こうという気持ちもうなずける。

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