第11話:現実の先に待つ大志3

 「さて、行くか」

  次の日、昨日と同じように教室のドアの前に立ち止まっている。

  昨日は迷いがあったが今の俺にはそれはない。

  力を入れてドアを開ける。

  そのドアはとても軽く感じられた。

 「みんな、おはよう!」

  誰に向かって言うわけでもなく大きな声であいさつをする。

  周りがざわざわしているがそんなことは関係ない。

  俺はすぐに三人の集団を見つけ駆け寄った。

 「星海、ごめん!」

 「え、な、なんですか……!?」

  俺は全力で頭を下げた。

  周りにどう思われようと関係ない。

  俺は後悔したくない、だから全力で謝ることに決めたのだ。

 「努力しているのに否定してごめん! わかってたつもりなんだけど星海の発言を聞いてかちんときてしまったんだ。本当に許してほしい」

  許してもらえるかどうかなんて星海にしかわからない。

  しかし今は彼女を信じて待つしかないのだ。

 「……じゃあ別に許しますよ」

  そう言ってくれた星海だがいまいち表情が晴れない。

  もちろん俺はこれで終わるつもりはない。

 「……本当に努力していないのは俺のほうだった。俺は星海のために模擬授業を手伝いたいんだ!」

 「教也さん……」

 「そのためにいくつかこういうものを用意してきた」

  それは昨日家で考えてきた授業の進行の仕方だ。

  生徒が楽しめる活動や文法、単語の教え方などをまとめている。

 「俺に手伝わせてくれ、頼む!」

  俺はもう一度頭を下げた、ありったけの気持ちを込めて。

 「……ええ! お願いします! そして私のほうこそごめんなさい!」

 「もう、二人とも、ごめんなさいはなしよ」

  傍観していた春々が間に入ってくる。

 「ごめんじゃなくてこれからはありがとうにしましょっ!」

 「……ああ! 星海、ありがとうな!」

 「いえ、こちらこそありがとうございます!」

  俺たちは自然に握手をしていた。

  その手はとても熱かった。

 「お取込み中のところ悪いけど、少しいいかい?」

 「は、はい!? なんですか!?」

  星海はあわてて手を離す。

  その顔は随分と真っ赤だ。

 「もちろん僕と春々ちゃんはすでに手伝っているからね。これからは四人で成功させていこうじゃないか」

 「四人……」

  昨日までは一人だったのに、今は周りにはみんながいる。

  それだけで目頭が熱くなった。

 「あらあら、随分と顔が赤いけどどうしたのかしら?」

 「な、何でもないです!」

  春々は笑いながら星海にちょっかいをかけている。

  とても微笑ましい光景だ。

 「……先生、俺、こいつらとならきっと大志を抱けるよ」

 「平、何か言ったかい?」

 「いや、何でもないよ」

  俺たちは一緒に席へと戻ったのであった。


  放課後、俺達四人は教室で会議を開いた。

 「さて、来週から模擬授業が始まるわけだけどそろそろ指導案を作らないとまずいわね」

  指導案とは授業の進行計画書のことだ。

  それを作らないと内容が決まらない。

 「とりあえず無難に教科書の内容をするのはどうかね?」

 「まあ無難な策だな」

  基本に忠実な考えだ。

  しかしそれももちろんありである。

 「でも星海ちゃんの個性を取り入れたくない?」

 「個性……ですか?」

  星海が首をかしげる。

  その顔からは困惑というよりもなにか好奇心のようなものを感じる。

 「ええ、授業を受けてても先生によって楽しさってかわってくるじゃない? だから先生の個性って大事だと思うのよ」

 「確かに春々ちゃんの言うとおりだね」

 「ありがとう。じゃあさっそく星海ちゃんのいいところを探す必要があるわね」

  春々が全身をチェックする。

 「……これじゃ駄目ね」

 「どこ見て言ってるんですか!?」

 「……胸よ!」

 「そんなドヤ顔で言わないでください!」

 「なにをやってるんだか……」

  そんな二人はさておき、星海の良いところを考える。

  ぱっと浮かんでくる印象は礼儀正しさだ。

  同級生の俺たちにさえ敬語で話している。

  これが個性なのかは謎だが。

 「僕は星海ちゃんの個性はほっそりとしたボディーだと思うよ」

 「……うぁ」

 「……控えめに言って消えてほしいです」

 「ごめんごめん、冗談だよ」

  圧倒的に気持ち悪い。

  しかもそれは内面の話ではなく外面の話である。

 「俺は礼儀正しさだと思うんだけどどうだ?」

 「それは一理あるわね」

  春々とカイトはうなずく。

  しかし当人はそうは思っていないようだ。

 「礼儀正しさっていうよりかは便利だからそうしてる感じですけどね」

 「便利ってどういう意味だ?」

 「私からすればタメ語で話すより敬語で話すほうがよっぽど楽だからです」

  それはわかるような気がする。

  誰でも初対面の人には敬語で話したりするものだ。

  しかし、それは心を開いていない裏返しにも取れてしまう気がする。

 「春々から一ついいかしら?」

  春々が控えめに手を挙げる。

 「ああ、どうした?」

 「私、星海ちゃんの個性ってあきらめない心だと思うの」

 「あきらめない心……ですか?」

  意外な回答に春々以外の三人は困惑を隠せない。

 「だって体験学習の時もちゃんとあきらめないで成功したし、今だって難しいのはわかっているのにずっと頑張ってるじゃない」

 「確かに言われてみればそうだね」

 「それってだれでもできることじゃないのよ?」

  確かにあきらめることはいつでも簡単にできる。

  それは積木と一緒だ。作り上げた積木は誰でも一瞬にして壊すことができる。

  しかし、上に積み上げるほど難しくなっていくのだ。

 「これが私の個性……」

 「そうよ。そのない胸を張っていいと思うわ!」

 「せ、せっかくの良い発言が台無しになりますね……」

 「まったくだね」

  三人は笑いあう。

  そこには目に見えない何かが感じた。

 「あきらめない心か……」

  今の俺にそれはあるのだろうか?

  それはずっと昔から心掛けていたことの一つである。

  しかし、星海とけんかしたとき、俺にその気持ちはあったのだろうか?

  急に自分が小さく見えた。

 「じゃあ星海ちゃんの個性、あきらめない心を使った授業を作ればいいんだね」

 「ええ、そうよ」

 「でもどうやって作るんですか?」

  一同が考え出す。しかし俺には考えがあった。

 「俺は実体験を話すのがいいと思う」

 「実体験ですか?」

 「ああ」

  人は自分が体験したものは幾分説明しやすい。

  それが印象に残っていることならなおさらである。

 「いいわね! 星海ちゃん、印象に残っていることある?」

 「あきらめずに頑張ったことですか……?」

 「ええ、そうよ。どんな些細なことでもいいのよ」

  考えをめぐらす星海。俺はそんな彼女の頭を撫でた。

 「え、え、ええ!?」

 「む、教也くん、なにやってるのよ!」

  対照的な態度を示す春々と星海。

  もちろん下心があったわけではない。

  身体が勝手に反応したのだ。

 「星海、俺のことを書いてくれないか」

 「ど、どういうことですか!?」

 「なんで急に教也くん、星海ちゃんにアプローチしているの……?」

  間違えなく勘違いしているであろう春々を放置して話を進める。

 「この間のけんかの時、星海は俺に何を言われようともあきらめずに頑張っていたじゃないか。あの時のことを授業に取り入れてみないか」

 「……どういうことですか?」

 「平、僕もわからないぞ」

 「私は教也くんの気持ちがわからないわ」

 「春々はそろそろ現実に帰ってきてくれ」

  とは言え説明不足なのは確かだろう。

  俺は頭に浮かんだことを次々と発言していく。

 「英語の授業は教科書がすべてじゃないだろ? だから俺たちが作るんだよ、新しい物語を!」

 「私たちが作る……!」

 「めっちゃいいじゃない!」

 「平の分際でまあまあいいことを言うじゃないか」

 「カイト、次そんなこと言ったらしばくからな」

  四人で紡ぐ新しい物語、それを考えるだけでなんだかわくわくしてくる。

 「よし、そうと決まったら早速台本を作るわよ!」

 「おー!」

  目の前にある真っ白なプリント。

  そこに描かれるのはいったいどんな物語なのだろうか?

  期待に胸を躍らせ左手で鉛筆を握ったのであった。

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