第9話:現実の先に待つ大志

 「お兄ちゃん、お帰り!」

 「ああ、紗枝、ただいま」

  ようやく体験学習から家へと帰ってきた。

  帰りのバスでは全員眠すぎて終始寝てしまっていたらしい。

 「今日は学校楽しかったか?」

 「うん! みんなでバスケットボールしたの!」

 「これまたアグレッシブだな……」

  紗枝はシュートの真似をいきいきと見せてくれる。

  足の不自由な彼女ができることは少ないかもしれないが楽しんでくれたならそれでいい。

 「ところで今日は春々さん来ないの?」

 「いや、もうちょっとしたら来るはずだ」

  俺たちの両親は仕事で帰ってこないときが多々ある。

  俺は料理できないし紗枝はキッチンの高さ的にきついので春々に手伝ってもらっているのだ。

 「あーあ、お兄ちゃんが春々さんと結婚してくれたら一生安泰なのになー」

 「まあいい家政婦にはなってくれるだろうな」

 「もうー、素直じゃないんだから~」

  俺はいったん部屋に戻り着替えをとった。

  昨日は風呂に入ってないから体がうずうずしている。

  風呂に入った後、部屋に戻った。目を瞑ると昨日の光景が浮かんできた。

 「みんなで教師になりたいな」

  もちろん教師になるのは簡単なことではない。

  でも彼らとならきっとさらに高みへと成長していける、そんな気がした。

 「さて、そのためにも勉強するか!」

  そう思った矢先、インターホンがなった。

  下に下りて確認してみると春々だった。

 「まあとりあえず腹ごしらえしてからだな」

  俺は紗枝とともに玄関へ向かったのであった


 「……どうしましょう」

  昼休み、星海が今にも消え入りそうな声でつぶやく。

  あれから一週間たった。

  俺たち四人は昼休み、一緒にご飯を食べることにした。

  そして先ほど、再び次なる課題が与えられたのだ。

 「そんなに心配しなくても星海ちゃんなら大丈夫さ、僕を信じてくれたまえ」

 「カイトさんは英語上手ですもんね」

  珍しく星海が皮肉めいた返答をする。

  それだけ切羽詰まっているということなんだろう。

 「それにしても模擬授業って急に言われても難しいわね」

  昼ごはんを食べ終わった春々が机の上にプリントを広げる。

  それには今回の模擬授業についての詳細が書かれている

  そもそも模擬授業とは俺たち生徒が先生となって生徒たちに英語を教えることである。

  昨今ではグローバル化に伴い教師はすべて英語で授業をしなければならないのだ。

 「しかも私一番最初ですよ。今日言われてもう来週本番ですよ?」

 「Are you frustrated?」

 「……カイトさんの発音が良すぎて聞き取れないです」

 「……」

 「……」

  場に気まずい沈黙が流れる。

  確かにこのままでは厳しいかもしれない。

 「まあでもこれから当分英語の授業は模擬授業の準備になるらしいから、まだまだ時間はあるわよ」

 「だといいですけどね……」

  随分と星海はネガティブ思考になっているようだ。

  ここは俺が元気付けてやろう。

 「春々の言うとおり、時間はまだまだあるんだ。努力すれば何とかなるさ」

 「……教也さんもカイトさん同様、英語ができるからそんなこといえるんですよ」

 「そんなことないぜ。星海も努力すれば絶対に大丈夫だって」

  俺は星海の肩に手を置いた。

  しかしその手は強く払われた。

 「おい何するんだよ!」

 「無責任なこといわないでくださいよ! どこにそんな根拠があるんですか!」

  星海が普段では考えられないような声を荒げる。

  カチンときた俺は我を忘れ言い争ってしまった。

 「そんなの努力してみないとわからないだろ! やる前から言うなよ!」

 「すぐに英語力なんて上がらないんですよ!」

 「誰がそんなこと決めたんだよ! それこそ無責任な発言だ!」

  昼休みだというのに周りは静かになった。

 「まあまあ、二人とも、落ち着きたまえよ」

 「どけカイト、お前には関係ない」

  カイトを跳ね除け星海の胸ぐらをつかむ。

 「努力した人間しか報われないんだよ、御託を並べている暇があったら努力しろ!」

 「何で私が怒られてるの! 私悪いことしてないのに……」

  星海はその場で泣き崩れる。

  今の俺はこの場ですることなんてない。

  俺は教室から立ち去ろうとしたが……

 「教也くん、待ちなさい!」

  春々が俺の目の前で手を広げる。

  言いたいことは大体わかっている

 「今のは教也くんが悪いわ、謝りなさい!」

 「どうみても努力してない星海が悪いだろっ!」

 「教也くん……」

  俺は春々を押しのけ教室から飛び出した。

  今は一人になりたい、そう思った俺はそのまま学校には戻らなかった。

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