第8話:蔓延していく大志5
「じゃあ僕から答えようか」
「遠慮する」
「……!」
春々の鋭い眼光のおかげで二秒でけんかは終わった。
「僕が教師を目指す理由はもちろん歴史に名を残すことだよ」
「……どうやってですか?」
「それは世界一のお金持ち教師としてさ!」
うざい、とにかくうざい。
「でもカイトくんらしいわね」
「ああ、それには激しく同意だ」
というかまともな理由を考えた俺がバカだった。
「でもカイトさんならそれ以外の道で歴史に名を残せそうですけどね」
「確かに、なんで教師にしたのかしら?」
「生徒を顎で命令できるからさ」
もう本当にくそでしかない。
「もう次に行こうぜ。森野、聞いてもいいか?」
「はい、たいした理由ではないのですが……」
森野は一呼吸置き、手を胸に当てた。意外と豊満である。
そんなに緊張する内容なのかな?
「単純に公務員になりたかっただけです」
「めっちゃ単純明快だ……」
なんか逆にほっとした。
「公務員にあこがれていたのかしら?」
「いえ、私の所はあまり裕福ではないので安定した職に就きたくて」
確かに公務員なら安定した賃金を毎月もらうことができる。
まあ仕事量からしたら当然な気もするけど……。
「なら僕のところにお嫁に来ないかい?」
「……!」
「星海ちゃん、頑張って教師になってね!」
言葉を発しなくても威圧感だけでカイトを操るとはさすが春々である。
「はい、頑張ります! ということで次は桜木さん、よろしくお願いします」
「ええ、任せて」
春々は今時小学生でもしないくらいピンと手を挙げた。
「私が教師を目指している理由、それは障害者を支援したいからよ」
「障害者支援……ですか?」
森野は疑問を浮かべているようだ。
障害者支援とは俗にいう特別支援学校と呼ばれていていわば普通に学校で勉強するのが難しい人たちの学校である。
「昔から介護に興味があってね、本格的に思い始めたのは教也くんの影響よ」
「平、まさか春々ちゃんに……」
「お前の思考回路、きもすぎな」
「さすがにそれには私も同意です……」
さすがに森野にも言われたらどうしようもないのか、反論してこなかった。
「俺の影響っていうか妹の影響だよ」
「教也くん、言ってもいいのかしら?」
「ああ、もちろん」
別に隠しておくことでもないしな。
「教也くんの妹は下半身不随でね、車いすで生活してるのよ。家が近い春々はよく紗枝ちゃんのお世話をしているのよ」
本当に春々にはいつも助けられている。俺にはできないこともあるからな。
「でも彼女は学校に通うのは困難だけど教育を受ける権利はあるの。だからそんな子たちの支援をしたいから教師を目指しているのよ」
「……すごいです!」
「僕も感無量だよ」
俺もすごいと思う。高校生でこんなにも強固な大志を持っている子は早々いない。
「みんな褒めすぎだわ、きっと教也くんのほうがすごい理由だと思うわよ!」
「え」
春々はずいぶんとハードルをあげてくるが全くもってさっきの話を超えられる気がしない。
「そんな春々みたいなしっかりとした理由ではないんだけど……」
「平、前振りはいいからさっさと言いたまえ」
「ああ」
もしかしたら人に教師になりたい理由を話すのは初めてかもしれない。
「俺が教師になりたい理由、それは憧れさ」
「なかなかメジャーな理由だね」
「ああ。昔英語を教えてくれた先生がいてね、その先生のおかげで夏休みだけで英語の成績が伸びたんだ。偏差値で言ったら十五くらいかな」
「すごい先生ですね」
「ああ。そしてその先生がいつも大志を大事にしなさいって言ってたんだ」
「大志……ですか?」
まあ普通の人からしたら聞いただけではよくわからないのは当たり前か。
「大志というのは簡単に言えば目標とか夢だよ。どんな些細なことでも大志を持って取り組むように教えてくれたんだ。そして俺が大志を先生からもらったように俺も大志を継承させてあげたいと思ったから教師を目指してるんだよ」
「……」
「……」
「なにこの沈黙は」
そんなに黙られるとなんだか不安になる。
「いえ、なんだか普通にしっかりしている理由でびっくりしました」
「確かに、春々ちゃんに負けていないと思うよ」
「あ、ああ、ありがとう」
顔を赤らめ俺は後ろへ下がる。
すると春々が唐突に立ち上がった。
「ねえ、春々たちが今日してきたことも大志だと思わない?」
みんなは無言で頷く。俺の思いが伝わって何よりである。
「せっかくこんなに仲良くなったんだから、これからも仲良くしようよ!」
「はい、もちろんです!」
「運命共同体ということだね」
本当にいちいち気持ち悪い発言である。
「というわけで星海ちゃん、私のことこれからは春々って呼んでくれる?」
「はい、わかりました。春々ちゃん」
「あとついでに教也くんのことも名前で呼んであげてよ」
「え、俺!?」
完全に不意打ちである。
「ふふ、わかりました。改めてよろしくお願いしますね、教也さん」
「ああ、よろしくな、……星海」
「……はい!」
こっちまでうれしくなるような笑顔でそう答えてくれた。顔を赤らめていてちょっと可愛い。
「むー」
不服そうな顔で春々がこちらを見てくる。
「な、なんだよ」
「別にー」
ふてくされ気味を追いかけるべく海のほうに走った。
するとちょうど俺たちを迎え入れるかのように海が光った。
「……きれい」
「ああ、本当にな」
それは夜明けを告げる朝日だった。
幻想的な夜に終わりをつげ、未来が始まった証拠でもある。
「そろそろおなかも限界だしみんなでホテルの朝食を食べましょうか」
「ああ!」
「はい!」
「もちろんだとも」
長かった一日が終わりまた新しい一日が始まる。きっと昨日よりももっと素晴らしい明日がおれたちを待っているだろう。
俺たちは横に並んでホテルまで戻ったのだった。
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