第5話:蔓延していく大志2

 「なにこれ、パワハラ?」

 「まあぎりぎりセーフなんじゃない?」

  俺たちが将来目指している教師というのはこんな職業だったっけな?

 「うえーん!」

 「星海ちゃん、大丈夫?」

  春々が森野の髪を優しくなでる。

  しかし無理もない話である。急にこんな島に放り出されてもどうすればわかるわけないのだ。

 「でもこのかばんの中身を見たらいかだしかないよなー」

 「奇遇だね、僕もそう思うよ」

  というかそれ以外に全く脱出する方法が浮かばない。スマホも事前に教師に全員預けているのだ。

 「それしか方法がないんだったら作ってみない?」

 「春々ちゃん、本気かい?」

 「ええ、本気と書いてマジよ」

  さすがは春々。こういうところは昔から全く変わっていない。

 「わ、私、無理です……」

  森野が蚊の鳴くような声でつぶやく。彼女の顔色は先ほどよりも悪くなっていた。

 「大丈夫だよ、星海ちゃん。そんなに難しいことじゃないよ」

  確かに春々の言うとおり、カバンの中にある道具を使えばそんなに難しくもないように思える。

  しかし、問題は一キロ先の島まで無事にたどり着けるかだろう。

 「俺もいかだを作るのには賛成だ。でも、出来ても乗るのはちょっと考えないか?」

 「どういうことだ、平?」

 「みんなも思っていると思うんだけど、もし沈んだら大変だろ? 学校としては事故なんかあったら大問題だからきっといかだができた時点で来てくれると思うよ」

 「なるほど、一理あるな」

  カイトは腕を組みながらうなづいた。近くにいる森野も少し安堵しているのが分かる。

 「……」

  春々は黙って俺のほうを見ている。やはり幼馴染はごまかせないようだな。

  正直、先生たちが来る可能性は低いと思っている。それは今までの学園生活を見ていればわかる。

  しかし、そう勘違いさせておくことで少しでも気持ちが和らぐならばと思いうそをついたのだ。

 「まあそうと決まればほかの班も動き出したみたいだし僕たちも開始しようか」

 「ああ、そうだな」

  俺たち四人はまずいかだを作るためにヤシの木を集めることにした。

 「あら、だいぶと少なくなっているわね」

  春々の言うとおり、近くにあったヤシの木はほかの生徒たちに取られてしまった。

 「仕方がない、奥に行くか」

 「え、ええ、奥に行くんですか……?」

  森野が不安がるのもわかる。奥のほうに行ってしまうとほかの生徒は見えなくなってしまうからだ。

 「まあ木だけ切ったらすぐに戻るから」

 「はい……」

  森野の表情は相変わらずだが、どうやら納得はしてくれたようだ。

 「よし、そうと決まれば行くか!」

 「おー!」

  俺たちは奥のほうへと進んだのであった。


 「さて、そろそろ始めるか」

  俺は背負っているカバンを近くの丸太の上に置く。

  中にあるサバイバルナイフを人数分取る。

 「それにしても物騒なものを生徒に渡すんだね、僕たちの学校は」

 「まあ常識からしたら考えられないことではあるな」

  各自自分の分のナイフを手に取る。そのナイフは鋭く冷たかった。

 「うう、怖いです……」

  森野がそういうのも無理ない。俺も内心結構ビビっているくらいだ。

 「てか教也くん、これで木を切ることはできるのかしら?」

 「まあかなり重労働にはなりそうだな」

  ナイフは鋭いが刃渡りはたいしてない。結構な時間を費やしそうだ。

 「平よ、僕から質問が一つあるのだが」

 「なんだ?」

 「そんなにきっちりと作る必要はないのじゃないか? 形だけ作っておけば多少雑でも先生たちは許してくれるとは思わないか?」

 「確かに……」

  決してそんなことはないだろう。しかし、先ほど先生が来ると言ってしまった手前、否定しにくい。

 「というわけでとりあえず一本木を倒して、それを細く細分化して完成させよう」

 「ああ、わかった」

 「……」

  春々は無言で木の目の前まで歩み寄り、切りつけた。

  なんだかその姿はいつもより荒々しく見えた。

 「さて、俺は反対方向からするかな」

  右手でナイフを握り木を切りつける。しかし楽観的な考えをしている自分もまだ心の中にいるのか、あまり気合が入らない。

 「おいおい、平よ、もっとちゃんとやらないといつまでたっても終わらないだろ」

 「……」

「いやいや、さすがに無言でナイフを突きつけるのは教師を目指す身としてどうなんだね!?」

 「すまんすまん、死にたいのかと思っていたぜ」

  寝転がっているカイトはあくびをして眠そうだ。まったく協力してくれる様子はない。

 「で、なんで寝転がってるんだ?」

 「そりゃ僕は金持ちの息子だからね。そんなことをするのは君のような人がふさわしい」

 「なんだと」

  俺はナイフを置いてカイトに近寄ろうとしたが

 「教也くんこそ死にたいのかしら?」

  春々は笑顔でそう答える。光るナイフがまたその恐ろしさを示唆してくる。

 「いえ、滅相もございません」

  俺は寝転がっているカイトを無視して作業を再開した。

  森野も怖がってフリーズしているので実質二人での作業である。

 「これ、二人でやってもいつ終わるんだろうな?」

 「そうね。でもやるしか方法はないわね」

  俺たちは地道に作業を進める。気が付くと太陽も徐々に傾いてきた。

 「なんか、すごい弱そうないかだができたな……」

  所詮は一本の木から出来たいかだだからか、今にも壊れそうである。

 「まあ完成したのは事実だし、あとは先生を待つとしようじゃないか」

 「これで、帰れるんですね……!」

  ずっと沈んでいた森野だったが、希望が見えてきたからか、顔色が今日見た中で一番良い気がする。

 「まあとりあえず待ってみるか」

 「……ええ、そうね」

  俺たちは元居た海岸のほうまで戻り、待つことにした。

 「みんなはどうしたんだろうな?」

  あんなにもクラスメイトがいたのに今は誰もいない。

 「これがいい証拠じゃないか。きっと先生たちが迎えに来たんだよ。」

 「確かにそうですね……!」

  海に向かってみんなで座る。先生が来ることを信じて。

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