第七章 ソラの旅

第6話



「どこ行っちゃったんだろう…」

「まさか落ちたなんてことは無いよな…」

「レオじゃあるまいしそれは無いよー」

「オレだって落ちねーっつの」


 塔のてっぺんへと続く長い螺旋階段の途中で、忽然とソラが姿を消した。リオの後ろに居たはずのその姿が消えていることに気付いたのはついさっきだった。

 しかしその僅か数分後に、目指していた塔のてっぺんから落ちてくる人影がふたつ。

 その光景にリオ達はみんな目を見張った。

 それはうららと、西の魔女の姿だった。


「うーちゃん!?」

「なんで上から落ちてくんだよ…なんとか…っ」


 レオもアオも、咄嗟に胸に拳を握る。

 自分のなかに居る住人達。力を借りてなんとか──


 しかしその瞬後、どこからともなく降ってきた雫がリオの頬でぽたりと弾けた。それと同時に景色が揺らぎ、光が溢れて全員の視界を覆う。

 世界のすべてを包み込むような、眩い光だった。


 そして気がつくとリオ達は、真っ白な場所に居た。

 先ほどまで登っていた階段も塔も空さえも無く、まるで果ての見えない白い空間。

 そこには倒れたうららと、そしてソラの姿も在った。


「うーちゃん…! ソラくんも…っ」


 慌てて駆け寄りうららの身体を抱き起こす。小さな呻き声が漏れ、意識を失っているだけなのだとほっと胸を撫で下ろした。

 見たところ外傷も無い。ただその頬は涙に濡れていた。


「一体なにがあったんだ…?」


 アオがうららの顔を覗き込みながら、その視線をソラに向ける。

 倒れたうららから少し距離をとった場所に居るソラは、僅かに俯いたまま動こうとしない。

 そしてその遥か後ろには北の魔女とオズ、そして敵だった西の魔女までもが並んでこちらを見つめていた。

 だいぶ距離を取っているせいで表情までもは見えないけれど…一体どうなったというのだろう。事態が全く呑み込めない。


「…先輩方、後ろを」


 ようやく口を開いたソラに言われるがままに、わけがわからないながらも3人は振り返る。

 そこには、ぽっかりと空間に穴が空いたような楕円形の光があった。

覗きこんだレオが「鏡か…?」と漏らした言葉に「そうです」とソラが返す。


「それは、真実の鏡。そして現実へと繋がる扉でもあります」

「…ここから現実へ、帰れるってこと?」


 ぽつりと零したリオの言葉に、ソラは僅かに微笑んでそれからゆっくりと頷いた。


 ――帰れる…現実に。やっと、戻れるんだ。


 嬉しくないわけではなかったけれど、だけどあまりにもこの展開に置いてけぼりをくらって、すんなりと喜べないのも事実だった。


「……っ、う…」

「…、うーちゃん…っ だいじょうぶ…?」


 抱えたリオの腕の中で身じろいだうららが、ゆっくり目を開いた。

 そしてがばりと勢いよく身体を起こし、その視界にソラの姿を映した途端。その両目から大粒の涙が零れた。


「ソ、ラ…」

「…ぜんぶ思い出したんだね、うらら。…よかった。自分の意思で、記憶を思い出してくれたこと…そして未来を選んでくれて、本当によかった…」

「………っ」


 うららはふらつきながらその身体を起こし、まっすぐソラと向き合う。

 ソラはその視線をうららにではなく、リオ達に向けた。


「この世界の物語は、ここで終わりを迎えます。実際の〝オズの魔法使い〟とは異なるエンディングですが…それでも僕らの長い旅は、ここまでです」

「どういうこと…? 一体何がどうなったの? この、世界は…」

「始まった物語も開いた世界も、その役目を終えすべて閉じます」

「物語が、閉じる…」

「ここがその、終わりの場所です」


 ソラの言葉に導かれるように、急に胸が熱を主張する。それはリオとアオとレオ、3人の。

 そして光が大きく膨れた次の瞬間、見覚えのある姿が目の前に現れた。


『やぁ、リオ。お別れの時がきたみたいだ』


 それは、ここまでリオと共に旅してきたかかしの姿。

 自分の中に居ること、それから何度か言葉を交わし力を借りたことはあるけれど、こうして対峙するのはひどく久しぶりに思えた。

 そしてアオとレオの前にも、今まで目に映らなかったブリキのきこりとライオンの姿が、淡い光と共にそこにあった。

 ブリキのきこりはアオに向き合いその両手を取る。


『アオ…素敵な旅を、ありがとう。君たちの願いは、君たちの中にもう生まれてる』

「…俺たちの、中に…?」


 金色のライオンはレオのその頬を、ぺろりと大きな舌でひと舐めした。


『レオ、君と過ごした時間を、ボクは決して、忘れない。願いは自分にしか叶えられないということを、君たちは教えてくれたんだ。──ありがとう、そして、さよなら』

「待てよ、まだオレは…っ」


 それから物語の住人たちは光の軌跡を残しながら、3人にはさよならもお礼を言う暇も与えず、オズのもとへ向かう。

 あまりに突然で、言葉もでなくて。茫然とその姿を見送ることしかできなかった。

 ここまでずっと、一緒に居たのに。


「…うらら、最後は君。さぁ、帰っておいで、ドロシー」


 遠くでオズが呟いた声がしっかりとこちらまで届き、同時にうららの身体から光が溢れた。

 それはやがてひとりの女の子の姿へとかわり、うららと向き合う。

 うららと同じように赤毛の髪を三つ編みに編んだ、小さな女の子だった。


『はじめまして、うらら。わたしは、ドロシー。この物語を〝開く〟存在。…やっと出会えた、もうひとりのわたし』

「もうひとりの、わたし…?」

『あなたがちゃんと、あなたの道を選んだから。わたしもやっと、わたしの居場所に戻れるわ』

「……わたしを…この世界へ呼んだのは、あなたなのね…?」


 うららの問いにドロシーと名乗った女の子は、にこりと微笑んで駆け出した。オズや北の魔女、そして物語の住人達の待つ場所へ。


『さよなら、うらら。あなたの新しい願いごとが、どうか叶いますように。わたし達みんな、心から祈ってるわ』


 そう言って振り返りながら手を振り、彼女はまっすぐ在るべき場所へとかえってゆく。



 そして最後の〝さよなら〟と、うららは向き合った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る