第六章 砂漠の魔女と真実
第1話
オズの国を出て草原を越え砂漠の地に足を踏み入れると共に、長いと思われた砂漠の旅路は、あっけなく幕を閉じた。
「ヒトの縄張りに足を踏み入れるときは、それ相応の覚悟がなくちゃ」
西の魔女の現れと共に。
「ハジメマシテ、アタシは西の魔女。この遥か砂漠を支配する者。知ってるわ、小賢しいオズの差し金でしょう?」
西の魔女は忽然とうらら達の目の前に現れた。
頭上空高くに足を組んで座り、悠然とこちらを見下ろしている。長い銀の髪を翻らせて、その頭にある金色の帽子がひどく目を引いた。
それはあまりにも突然で、うらら達はただ呆然と見上げるしかできなかった。
「バカねぇ、オズに上手くノせられて。東の魔女を消したぐらいで、アタシまで倒せると思った? オズですらアタシに手を出せないのに。ここはアタシの国。この国に足を踏み入れたヤツはアタシの奴隷になってもらわなくちゃならないわ。ルールは、守らなくちゃ…ねぇ?」
西の魔女の笑みは、恐怖を通り越してとにかく異様で不気味だった。感情がまるで何も感じられない。身構える誰ひとり、言葉を発せられないほど。
それぐらいに西の魔女は、東の魔女ともオズとも異なる異様な空気を漂わせていた。
「ここまで来たことは褒めてあげる。だけどアンタ達の願いを叶えるわけにはいかない。アンタ達の本当の願いが叶うとき、この世界は再び閉じてしまう…それはとっても、困るのよ」
ゆっくりと、地面との距離を縮めながら西の魔女は空から降りてくる。そして魔女はその瞳にうららを映した。
「この世界が叶える願いと、この世界で叶う願いは別のもの。あなた達の願いを叶えるのは、オズじゃないわ。だけどアタシの願いは…うらら、あなたが居れば叶う」
西の魔女の言葉にソラが咄嗟にうららの手をとって、その背に庇った。
「うらら、さがって」
「ソラ、でも…っ」
西の魔女はそのままゆっくりと、視線をうららだけに向けた。
「交換条件よ、うらら。銀の靴を渡すなら、このまま見逃してあげる。それにアタシの力とその銀の靴の力なら、あなたの願いを叶えてあげられるかもしれないわ」
──銀の靴。
この世界の住人は皆、この銀の靴には力があると言う。
だけどそんなの知らない。わたしには使えもしないし、そんなの関係ない。これは大切な、おばあちゃんの靴だから…託されたものだから。カンタンに手離すことなんて、できない。
「…い、や…、嫌です…これは、渡せない…っ」
大事なものがある。それはきっと、ひとりでは手にすることすらできなかったもの。それをうららは、知ったから。
「それにわたしは、みんなで、帰るんです…! ひとりでなんて、絶対に嫌……!」
口にした言葉が震えても、うららは魔女から目を逸らさなかった。今はそれぐらいしか、示せなかった。
しかしその瞬後、西の魔女の顔から笑みが消えた。
「何も覚えていないって、時にすごく楽よねうらら。見たくないもの、知りたくないもの、信じたくないものから目を逸らし続けていられるんですもの。だからそんなことが言えるのよ。だったら全部、思い出させてあげるわ…!」
バサリ!と、何かが飛翔するような羽音が耳に届くのと同時に、うららの視界は一転した。
「───!」
「うらら!?」
目を開けると視界は青く染まり、近くに居たはずのソラも先輩たちも、自分の遥か足元にいる。
腕から肩にかけて違和感を感じ視線を向けると、背中から羽の生えたサルが二匹、うららを腕から抱えあげていた。
「…い、や…、何…?! 離して…!!」
急に地面を離れた足元はひどく不安定で、気持ちまでふらつく。恐怖で気が動転し、必死に抵抗するも、拘束は解けない。
「うーちゃんダメ、暴れると落ちちゃう…!」
「イヤそれならそれで受け止める。レオが」
「…ってオレかよやるけどよ!」
「うらら…!」
抱えられるうららのすぐ傍まで来た西の魔女が、楽しそうにその両手を空に向かって振り上げた。
心臓が早鐘を打ち、悪い予感が全身を走る。
「物語は終章へと向かってる…だけどアタシが、終わらせやしない。お姫さまは頂いていくわ。…でも、アンタ達は要らない。一生この世界で彷徨ってろと言いたいところだけど、東の魔女は油断してアンタ達にヤられたんだったわね。だったら今ここでちゃんと、始末してあげる…!」
魔女の言葉と呼応するように空気が揺らぎ、掲げた魔女の手に風が集まっていく。
得体の知れない力が渦巻いているのをすぐ傍で感じ、背筋を鋭く冷たいものが走った。
目には見えないけれどそこには確かに力が集っていた。光も温もりも感じない、冷たい力が。
「なに、するの…やめてお願い、やめて…!」
「大丈夫ようらら…アタシがずぅっと、一緒に居てあげる…!」
甲高い笑いが轟音へ、風が耳鳴りと共に爆風へ
目を開けていられないほどの力が地面へと衝突し、残骸が遥か空へと巻き上がり、頬を掠めた。
声が、悲鳴が、すべてが空へと吸い込まれ、うららの意識はそこで途切れた。
最後に見上げたあの空が、瞼の裏側に灼きついてはなれない。
ずっとそこに在った、真実の名前は──
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