第3話



 翌朝、レオの怒鳴り声で、うららとリオは飛び起きた。

 うららは一瞬なぜ隣りにリオが居るのか理解できず、繋いだままの手に昨夜のことを思い出す。


――あのまま、寝ちゃったんだ。


 ぼんやりそう思う間も無く頭上に影が伸び、眠気眼で顔を上げると、眉間に深く皺を刻んだレオが目の前に居た。


「一番の非常識はリオだけど、お前も一緒に寝てんじゃねーよ!!」

「ご、ごめんなさい…!」

「ちょっとレオ怒鳴んないでよ朝っぱらからー」

「お前はちっとは反省しろマジで!!」


 言い訳だけど、一緒に寝てしまうつもりは無かった。リオが眠ってしまった後、うららがリオのベッドに移ろうとしたのだけど、かたく繋がれた手を離せなくて。そうこうしている内に、自分まで眠ってしまったのだ。


 朝その光景を見て意外にも一番に叱ったのはレオだった。その向こうでアオは俯き加減に向かいのベッドに腰を下ろし、ソラはうららの傍に腰掛けて、だけどいつものようには笑っていなかった。うららにとって正直それが一番こわかった。


「まぁリオはでっかいコドモみたいなものだし、もういいだろう。そろそろ朝食が運ばれてくる時間だし、その後はオズとの面会だ。支度する時間がなくなるぞ」


 ため息混じりに言われたアオの言葉に、うらら慌ててベッドを下りて洗面所へ向かう。

 リオは呑気に欠伸ひとつこぼしてまたベッドに転がりレオの怒鳴り声が再び室内に響き渡った。


「うらら、みつあみ片方編んであげる」


 顔を洗ったところでソラが洗面所に顔を覗かせ、鏡越しにいつもの笑顔で笑ってくれた。


「うん、嬉しい、助かる」


 クセが強くて量が多くて毎朝苦戦する髪。ソラが綺麗に半分ずつ両サイドに分けて、片方を手にとって器用に編んでいく。うららも自分で反対の髪の束を更にみっつに分けて、順序よく重ねた。


「ソラ、器用」

「そうかな、こういうのはリオ先輩の方が得意そうだよね」

「手芸部だもんね、お裁縫も得意だったし。わたし不器用だから、いっつも時間かかって。うらやましい」


 不満そうに漏らしたうららに、ソラが少しくすぐったそうに笑って。みつあみの先に、青いリボンを綺麗に結んでくれた。

 朝起きたらみんなが居て、賑やかな声が響いていて、隣りでソラが笑っている。いつもと同じなのに、どこか違う。なんだか幸せな朝だった。



「ドロシー様、お時間です」


 豪華な朝食を取り、食後のお茶を口にした時。昨日と同じメイドの声が、扉の向こうでノック音と共にうららを呼んだ。


「──はい」


 もともと少なかった会話が止む。それからうららがゆっくりと席を立ち、扉の方へと向かう。視線を受けて歩き出すうららに、誰ひとり口を開かなかった。

 だけどうららは、昨日のリオの言葉を聞いて、決めていたことがある。

 ぴたりと途中で歩みを止め、振り返る。できるだけ力強く笑って、はっきりとうららは口にした。


「…帰るときは…みんなで、帰りましょうね…例え忘れてしまっても、みんなで一緒に…!」


 オズがその要望を叶えてくれるのかは分からなかったけれど。だけどそれくらい叶えてくれてもいい気がした。


 ――オズは偉大な魔法使いなんだもん。

 その気持ちがみんなに伝わったかどうかは分からなかったけれど、今度は振り返らずに部屋を出て扉を閉めた。


 長い廊下をメイドの後ろを黙って歩きながら、ぎゅ、と自分の手を握る。ようやく会えるということに、今さらながら緊張してきた。

 しばらく柔らかな絨毯を進み、やがて壁一面の大きな扉が姿を現した廊下の先でメイドは歩みを止める。そこで振り向き扉の前で一歩下がりうららに道を譲ると、一礼して去って行ってしまった。

 ここがオズのいる、玉座の間。

 一歩、足を踏み出すのと同時扉が開いた。それに驚きながらも、招き入れられた緑の玉座へとうららは足を踏み入れた。


 部屋は眩いばかりの緑色で溢れ、エメラルドの宝石があちこちに散りばめられている。まっすぐ進むと中央に大きな緑の大理石でできた玉座があり、その存在を主張していた。

 そして視界に映るその光景に、思わず息を呑んだ。

 その緑の玉座には、大きな頭がどっしりと構えていた。胴体も腕も足もない、巨大な頭部だけ。ギョロリと大きな目がうららを捉える。その迫力に思わず一歩退くと、巨大な頭の主は口を開いた。


『──我こそはオズ。この国至高の魔法使い。お前は何者だ…何を、願う?』


 部屋全体に響くような大きな声でオズは言い、うららは圧倒されそうになりながらも足を踏みしめる。そして一歩、その距離を縮めた。


「願いを叶えてもらう為に、あなたに会いにきました。わたしと…ここまで来た人達を…もとの場所に…現実に、かえしてください…!」


 まっすぐオズの目を見て、願いを差し出す。

 その迫力に気圧されそう。だけど、やっとここまで来たんだ。

 それからオズのその大きな目が数度瞬き、じっとうららを見つめた後、口を開いた。


『それはお主の本当の願いではない。そして何より我がお主の願いを叶える理由がない』

「そ、そんな…! あなたはどんな願いも叶えてくれる偉大な魔法使いなんでしょう…?!」

『いかにも。しかし、我の魔法は何よりこのエメラルドの都の為にあるもの。お主が願いを叶えて欲しいのなら、我の頼みをきいてもらわねばならない。この世界では望むものを手に入れるとき、等しく皆、代償を支払わねばならないのだから。我が願いを叶える為の、代償だ』

「代償…」


 願いを叶える為の代償は、記憶だったはずではないのか。それともこの世界で叶う願いと、オズが叶える願いとは別のものなのだろうか。

 なんだか頭が混乱する。

 ともかくただ、今、願いが叶わないことだけは…まだ帰れないということだけは、漠然と理解できた。


「その、代償というのは…?」


 部屋に入ってきた時とは打って変わったように力ない声で尋ねると、オズはきっぱりとそれを口にした。


『西の邪悪な魔女を倒しなさい。そしてその証明を、我の前に』



「うらら…! 良かった、戻ってこれたんだ」


 皆がいる広間へと再び現れたうららの姿をソラが一番に見つけ、笑顔で駆け寄りうららの手を握った。だけどうららの気持ちが晴れないのは。


「どうしたの? オズに、会えなかったの…?」

「ううん…会った…なんか大きかった…」

「大きいんだ…じゃあ、願いを叶えてもらえなかったの?」

「願い……」


 ――…願いごと。オズなら…偉大な魔法使い・オズなら、きっと叶えてくれるんだと思ってた。ここまで来れば、叶うのだと。そう信じてここまで来たのに…


「うらら…?」


 黙りこくったうららの反応に先輩たちも顔を覗きこんでくるけれど、あまりにも落胆してしまって、期待が外れてしまって、顔を上げられなかった。

 見かねたようにソラがうららの手を引いて部屋の中央にあるソファーへと促す。うららも促されるままにソファーに腰を下ろした。

 アオが紅茶を淹れてくれて、その温かさと香りに漸く気持ちが落ち着いてくる。

 それからようやく、どこか途方に暮れた気持ちのままうららは、事の成り行きを話し出した。

 やはり一番冷静だったのはアオだった。願いを叶えてもらえない事態というのも、想定していたのかもしれない。


「方法がそれしかないのであれば、仕方ないだろう」 


願いを叶えてもらう為にはオズの要望をきかなければならないということ。

 ──それが、結論だった。



 数時間後。エメラルドの都の門を背に、うらら達は並んで目の前の草原を見つめた。それから皆がため息交じりに言葉を零す。


「また出発かー」

「つーか魔女ってあの魔女だろ? どうやって倒すんだよ」

「知るか」


 足元にはもう黄色い道はない。

 だけどオズの宮殿内で仕入れた情報によると、西の魔女は日が沈む境界の砂漠の塔に居るらしい。


「…別にお前のせいじゃないだろ」


 すっかり気落ちしてしまったうららの頭を、レオが仕方なさそうに撫でた。

 うららもいい加減気持ちを切り替えなければと前を向く。


 ──目指すは西へ。


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