第五章 エメラルドの都
第1話
「いよいよオズと対面かぁ」
「つーか、そんなカンタンに願い叶えてくれんのかよ」
「おれが知るわけないじゃん」
「──…ッ、そうだなテメェに聞いたオレがバカだった」
相変わらずな会話をまじえながら、目前に迫った目的地へと歩みを進める。
オズに会えたら、みんなは何を願うのだろう。気になったけれど、それはもう聞けなかった。
願いが叶う時…それはつまり、別れの時なのだ。
先輩たちは現実に戻っても、願いの代償にここで過ごした記憶は消える。
――ソラは…わたしは、どうなるんだろう。わたしの場合は少しちがうと、北の魔女は言っていたけれど…。
先輩達の中からここでの日々が、自分の記憶が消えてしまうこと。寂しく思わないわけはないけれど、だけど代わりに全部自分が持っていこう。今はただ、そう思えた。
大きな緑色の門は近づくほどに光を増し不快感を煽ったけれど、さほど長くはない距離だったので数十分ほどで門の前まで辿り着くことができた。
オズの宮殿は都の中央にあり、門をくぐって真っ先に目につく。歩みを進めるにつれて視界を占める割合が増えていき、都の中央にその存在をありありと主張する建物は目の前に現れた。
輝く巨大なオズの宮殿。オズの居る場所。
実際にその前に立つと、その迫力に圧倒された。皆言葉なくただ見上げるしかできない。
宮殿の門の前の守衛にオズとの面会を申し込むと、その門がゆっくりと開いてうらら達は中に招き入れた。
長い廊下には装飾品が途切れることなく並び宝石が散りばめられ、オズの栄華を物語っている。やがて広間らしき場所に通され、そこにはやはり緑色を纏った綺麗な女の人が居た。女の人はうらら達の姿を確認し、ゆっくりと頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お客様方。オズ様はお話しを聞いてくださるそうですが、面会は、明日。ひとりだけしかお時間がとれません。承知頂けるようでしたら、お部屋をご用意致します」
丁寧な物腰で事務的にそう説明され、うらら達は思わず顔を見合わせた。そこには予想外の言葉が混じっていた。
「ひとりだけ…?」
オズと面会できるのは、ひとりだけ…。つまり、ひとりしか願いを叶えてもらえないということ。
「そんな…!」
ここまで来てそれは、想定外の展開だった。みんな何か言いたげな複雑な表情を浮かべながら、それを口にするのを躊躇していた時。
「しょうがないよ、それなら。それにみんなの願いなんて、同じでしょう? みんなで無事に、帰れればいい。問題ないんじゃない?」
その場にそぐわない明るい声で言ったリオが、みんなの顔を見回してにこりと笑う。
「うーちゃん、行っておいでよ。うーちゃんはオズに、会うべきなんだから」
「え…っ」
リオの提案にうららは不意打ちのように面食らう。
「珍しく正論だ。リオの言う通りだな、意義はない」
「そーだなオレも。置いてかれたら恨むけど…お前はそれはしねーだろ」
アオとレオの賛同にうららは戸惑いながらも、何も言えなかった。ソラは静かに微笑むだけ。だけどこれは自分で決めなければいけないことだと分かっていた。
「……」
願いごと。今ここに居るみんなの願いは、ひとつだけだった。自分はそれを、差し出せばいい。できるはずだ。その為にここまで来たのだから。
「……わかりました」
一握りの躊躇を払い捨て、頷く。それから返事をじっと待っていた女の人の目を見てうららが答えた。
「構いません、オズと会わせて下さい」
「──承知しました。では皆様のお部屋にご案内致します。明日、使いの者が部屋に呼びに参りますので、どうぞそれまでごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
◇ ◆ ◇
「えーーおれうーちゃんの隣りじゃないと寝れないし、同じ部屋がいいんだけど」
今晩滞在することになった魔法使いオズの宮殿にて、それぞれ部屋に案内された後。
夕食の時間にまた呼びにきてくれるということなので、とりあえず久々にベッドもあるし落ち着ける場所で各自休もうという流れになったところ、リオの口から飛び出した第一声が、ソレだった。
「……っ、…リオ、お前な…っ ここは外とはちげぇんだぞ、男女を一緒の部屋で寝かせられるか!」
「なんでレオにそんなこと言われなきゃいけないわけ、うーちゃんとおれのモンダイじゃん」
「や、リオ先輩…気持ちは分かりますが、それはちょっと僕もゆるすわけには…流石に僕も違う部屋ですし」
「いつから君は彼女の保護者になったんだ」
「アオの言う通りだよソラくんはただの幼馴染みでしょー? おれはセツジツな事情があっての申し入れだし」
「だからと言ってリオ、常識が無さ過ぎだ。どうせ待つしかないんだ、昼間寝ればいいだろう」
「アオみたいな冷徹仮面にセンサイなおれの気持ちはわかんないよ」
「……」
当事者のはずのうららを置いて(勿論承諾できるはずもないのだけれど)、議論が繰り広げられた結果。
「では大広間をひとつお貸し致しましょう。すぐに寝具を整えますので」
なぜか全員、同じ部屋になった。
「なんか結局、いつもと同じカンジだね」
緑を纏ったメイド達がテキパキとベッドメイクをする様子を壁際で眺めながら、隣りにいたソラにこそりと呟く。
言葉にはせず苦笑いと共に同意の笑みが降ってきて、部屋の中央の大きなソファーで何やら話す3人の先輩たちに視線を向けた。
「もしかしたら今日でお別れかもしれないもんね。先輩たちも、寂しがってくれてるんだよ」
冗談混じりのように言って、ソラがわらう。
オズとの面会を明日に控え、皆どこか落ち着きがないように思えた。
そっと、隣りのソラの横顔を盗み見る。目元に影を帯びるほど、長い睫に白い肌。改めてみると、ソラは確かに綺麗だと思った。ふとリオが以前言っていた言葉を思い出した。
――〝あぁ、じゃあ新入生に王子様みたいな美少年がいるって、彼のことかな〟
「…ね、ソラ、わたし達学校で、同じクラスなんだよね?」
「どうしたの、急に」
「前にリオ先輩から、ソラの噂のこと聞いたのを思い出して。王子様みたい、って噂されてるんだって」
「…僕が…?」
「目が覚めてからずっと一緒にいて、記憶もちゃんと思い出せないのに…そんなわたしを、ソラはずっと守ってくれたでしょう? おとぎの世界なら、王子様はつきものかな、って。だとしたらきっとそれは、ソラね」
うららの言葉にソラの目が丸くなり、それがなんだかかわいくて思わず口元が緩んだ。
この世界にきてから、気の休める場所はなかった。
どこに居ても何をしていても、不安に駆られて。実際の道のりは予想よりずっと険しかった。
だけど進むには食べ物も休息も必要だったし、うららひとりではきっとここまで来ることなんて無理だった。
図らずも出逢った先輩たちの、過去や心や傷跡に触れ。手を取り合ってここまできた。
危険もあった。哀しいことも、つらいことも。だけどひとりじゃなかった。だからここまで、辿り付けた。
旅の終着点。ここは今までで一番安心できる場所だった。
「帰ろうね、みんな一緒に…たとえここで過ごした日々を先輩たちが忘れてしまっても…わたしはきっと、忘れない…ソラもきっと、忘れないよね…?」
――そうだ、北の魔女は言っていた。先輩たちは名前を取り戻す代償に、記憶が奪われる。願いごとと名前は、きっと繋がってるんだ。
だから願いが叶うとき、ここで過ごした記憶は奪れる。それはおそらく、現実には必要のないものとして。
――だけどソラは、わたしが勝手に巻き込んでしまっただけ。名前もわたしのことも、ちゃんと覚えていてくれた。
「ソラもきっと、わたしの願いが叶うとき、一緒にかえれるんだよね? 忘れたり、しないよね…?」
ふ、と急に〝忘れられる〟という不安に駆られ、隣りのソラの袖を掴む。
見上げたうららにソラは優しく微笑んで、その大きくて温かな手でうららの手をすっぽりと包んだ。
「忘れないよ、絶対。何があっても僕は、うららを…ここでの日々を、忘れたりしない」
ソラが笑って、力強くそう言ってくれるだけで。それは今までで一番信じられる言葉だった。
――ソラがそういうならきっと。わたし達はずっと一緒に居られる。この先どんなことが、あっても。
──きっと。
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