第7話



 その声がはっきりと耳元で囁かれたと思ったら、いつの間にか魔女はうららのすぐ傍まで来ていた。うららのすぐ目の前まで。


「ずっとひとりぼっちだったものね? うらら。現実の世界に戻っていったい何があるというの? ここに居ればいいじゃない。アタシたちはそれを望んでいるわ。ねぇ、うらら。力さえあれば、みーんな好きなようにできる。もう、寂しい思いなんてしなくて済むのよ」


 ──やめて…!


 思わず耳を塞ぐのに、魔女の言葉はあらゆる隙間からうららの身体へ侵食してくる。抗えない。振り解けない…!


「アタシ達が…アタシこそがあなたの味方。あなたの孤独を、ダレよりもよく解ってる」


 ――やめて、聞きたくない…知りたくない。思い出したくない…!

 だって、〝ソコ〟には──


「あなたは願いを叶える為に、あの銀の靴を履いた。たったひとつの願いごとを願った。──なにを? あなたが何よりも強く、願ったものは? 思い出して、うらら…ソコに銀の靴は在る」


 痛む記憶が悲鳴を上げる。抱えた頭は今にも割れそうで、呼吸すら上手くできない。

 そんなうららの動かない身体を、突然強い力が引き寄せた。

 もやがかかったように霞んでいた視界に、金色の光が差し込んだ気がした。


「随分ぺらぺら回る舌だな…そろそろいい加減にしとけよ…!」


 背中に大きな温もりをを感じる。強い熱の塊のようにすら感じる、存在感。

 後ろから回された腕がうららの視界を覆い、ぶっきらぼうな声が頭の上から降ってくる。


「レオせん、ぱ…」


 だけどその声も零した自分の声も、どこか遠く聞こえた。すべてが遠い遠い出来事のように思えた。


「ふん、アンタが一番中途半端ね。認めず、受け入れず、拒むことも捨てることもできない。自分の弱さを知ろうともしない」

「……んだと」

「だから弱い人間はキライ。うらら、あなたもそう。泣いたら何かが変わるの? 欲しいものは手に入るの? あなたを守ってくれる人は、もう居ないのよ」


 東の魔女の口調が重く冷たいものへと変わり、そう感じた時にはもう既に、うららは浮遊感の中に居た。

 突然景色がぐらりと傾き、視界が反転する。


「うーちゃん! レオ!」

「…!」


 ――…いつの間に、リオ先輩やアオ先輩が、あんなに遠くなったのだろう。さっきまですぐ傍に、居たはずなのに。


 重い思考はなんだか的外れで、遅れてやっと自分の体が落下しているのだと認識した。 足元の地面が大きく裂け、うららの身体は谷底に吸い込まれていく。


「うらら!」『うらら!』


 聞こえたのはレオとライオンの声。

 ゆっくりすべてが遠くなる。


 うららの足元だけ地面が裂け崩れ、落ちているのは自分だけなんだと認識できた時。それにどこか安堵する自分が居た。


「ざけんな…っ うらら…!」


 レオの腕が伸びた先に、うららの体は届かない。うららはレオが差し伸べたその手をとろうとすらしなかった。

 視界の彼方に落ちていく自分を冷たく見下ろす東の魔女の姿が映った。ひどく冷たい眼差しで。


「思い出せないなら…銀の靴が手に入らないなら、他のヤツの手に渡る前に…消さなくちゃ。うらら、あなたが何も変わらないなら…変わろうとしないなら。ずっとそうやって都合の良い夢を見てればいいんだわ。──ひとりで」


 ――…なにも言えない。反論もできない。本当にわたしは弱くて、泣いてばかりで。いろんなものからただ、逃げていただけだったんだ。


 ――すべてを一度諦めたわたしだから、なんでもすぐに諦めて、手放して…目を逸らして耳を塞いでいた。逃げてばかりの、わたしだったから。だからソラはわたしに嘘をついた。


 ──ソラ。わかったの。ソラがわたしについていた〝嘘〟。

 ソラのやさしい嘘は、やっぱり弱いわたしを守る為の嘘だったのね。


 自分のこの汚い弱さが大切な人すら巻き込んで傷つけるなら──こんな自分、要らないと。あの時も自分は、そう思ったんだ


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