第4話



 全員が起き湖を発つ準備をしていると、森の出口まで一緒に行っていいか、とライオンが遠慮がちに尋ねてきた。

 真っ先に口を開いたのはレオだった。


「言っとくけど、オレはあいつらみたいにお前の欲しいもんなんてやれねぇからな。あいつらが何をしたのかは知らねぇけど、オレはオレの事が一番大事だし、お前に構ってる暇はねぇ」

『いいんだ、ボクはこの森から出るなんてとても出来ないし、会えただけで十分嬉しかった。だからせめて森の出口まで、送らせてほしい。この世界はいま、とても不安定だから』


 そうして森の出口まで、ライオンも一緒に行くことになった。

 かかしやブリキのきこりと違い、ライオンは願いを口にしたりレオに何かを求めているわけではないようだたった。


「あなたは…願い事は、ないの?」


 隣りを歩いていたライオンはうららの言葉に耳をぴくりと震わせ、それからゆっくりと視線を向ける。


『もちろん、あるよ。だけどボクは、それを口にするのすらこわいんだ』

「……こわい…?」

『叶わなかったとき、こぼれてしまったとき、うしなってしまったとき…ボクはその哀しみに、きっと耐えられない』


 か細くそう落としたライオンの瞳には、諦めの色すら滲んでいるように見えた。

 ――だけど、自分の望むものが…欲しいものが見つかっているのなら。その胸に、あるのなら。


「でも、願い事があるのって、素敵なことだと思う。何か願う時って、変わりたいって願うときだと思うから…だから諦めてしまったり、ただじっと閉まっておくのはもったいないし、可哀想」

『…かわいそう?』

「願いごとも、あなたの想いも。確かに口にしたらそれはもう取り返せないけれど、それだけできっと何かが変わると…そう、思いたい」


 ――わたしの…わたしの願い事は、なんだったんだろう。どうして失ってしまったんだろう。わたしの中から、記憶から。

 ふらふらと、未だ彷徨う気持ちが見えないのは…自分の気持ちが一番分からないからなんだ。


 ふとライオンの向こうからレオのあの鋭い目で見られているのに気付いて、うららは思わず俯いた。エラソーなことを言っておいて、自分が一番中途半端なように思えた。


 昨日と比べてだいぶ歩きやすくなった黄色い道の果てに、長かった森の終わりを告げる光が見えた時。突如けたたましいほどの獣の唸り声が、辺りに響いた。


「…な、に…? 今の…」


 緊張が静寂に変わり、皆歩みを止めあたりを見回す。木々のざわめきが不安を煽るように頬をかすめ、森全体が騒いでいるようだった。


『──カリバだ…』

「…カリバ?」

『おそろしい獣だよ、ボクなんかよりもだんぜん。まさか、こんなタイミングで…この先は崖だ、急いで向こう側に渡った方がいい』


 ライオンが急かすように先を促し、ライオンの声が聞こえないみんなに状況が良くないことを伝え急いで森から抜けた。

 暗い森から明るい場所に急に出た所為でその眩しさに一瞬目を細め、次に視界が落ち着いた時。

 すぐ目の前に2頭のおそろしい獣の姿があった。


「……!」


 それは皆の目にも平等に映っていたようで、一様に動きを止め息を呑む。

 目の前の獣は、トラの頭と上半身で腹から下はクマのような下半身を持ち、歪んだ口元から覗く大きな牙に鋭く長い爪。どこか血走った、凶暴そうな眼。

 ライオンの言っていた通り、向こう側には岩肌が覗き地面が大きく裂けていた。

 その崖を背に、2頭のカリバはこちらを睨みながら、唸り声を発し続けている。うらら達に明らかな敵意を向けて。


「ちょっと急展開過ぎだろ…」


 レオが苦笑いを漏らし、ソラが顔を強張らせたままうららをかばうように前に立つ。


『あっちに橋があったはず、はやくこっちへ…!』


 いつになく荒い口調のライオンに、うららとレオは素早くそれを口にしながらライオンの後を追った。黄色い道から外れてしまったけれど、それどころではなかった。

 先を走っていたライオンがぴたりと止まり、後ろについていたうらら達も肩で息をしながら足を止める。ライオンの視線を追うと、おそらくつり橋だったものの残骸であるロープと、それに絡まる木の板が風に虚しく揺れていた。


『…どうして…』


 ライオンが力なく呟く。肩で息をしながら皆その光景に状況を理解した。

 逃げ道を、失ったのだ。

 目の前には崖が、後ろからは、2頭のカリバが唸り声を上げながら距離を縮めている。


 ──もしも。もしもこの世界で命を落としたら、どうなるんだろう。

 考えるだけで背筋が凍った。その時だった。


「ここから先には残念だけど、行かせてあげられないわ」


 突然、頭上から降ってきた声に、視線が一集する。


「あー、やっと会えた! ホントはこんな所まで来る前に会いたかったんだけど、手こずっちゃって。アイツの目を、魔法を潜り抜けるのがもう、大変だったんだから!」


 そこには場違いなほどに明るい声で、くるくると表情を変えながら笑う女の子が居た。

 空飛ぶ箒に腰掛けた、とんがり帽子を被った女の子。少し露出の多い黒い服に長いブーツ、そして黒いマント。脳裏に過る単語があった。


「ふふ、ご察しの通り、アタシは魔女。しかも東のわるーい、ね」


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