第3話



 月の光はまるで魔法のようだと思った。

 きらきらと光り輝いている。目の前にいる金色のライオンも、隣りでどこか誇らしく笑うレオも。まばゆい光の中で、なにか、どこか、通わせながら。

 その姿はこわいよりもただ、綺麗だった。


『…う、うらら…こわがらせたら、ごめんね…。確かにレオの、言う通りかもしれない…ボク達は君に会いたくて、繋がりを、希望を手繰り寄せる…そしてボクはレオと出逢い…君と会えた』

「…わたし、と…?」

『うらら、だから君も…この先たとえ、どんな困難があっても。ボ、ボク達が居ることを、どうか忘れないで』


 目の前に現れたライオンは本物にとても近い風貌だった。だけどやけに表情が豊かに思えるのは、その口元が言葉を発する度に器用に動いているからかもしれない。

 映画やアニメの世界のような不思議な錯覚。ライオンは今まで出逢った絵本の住人の中で一番おそろしく、だけど一番やさしい声音だった。


『うらら…君は決して、ひとりではないよ…』


 その言葉を、以前もどかこかで聞いた気がする。誰かに言われた気がする。だけどすぐには、思い出せなくて。うららはただ黙って呑み込むことしかできなかった。

 やがてライオンがそっと歩み寄る。


『こ、今夜はボクが見張ってるよ。だから安心して、皆休むといい。この森に危険なものはいないよ』


 そう言ったライオンはうららから時折視線を外しながらも、それでもその瞳にうららをしっかり映して。どこか不器用に、笑ったように見えた。



「へー! ライオン! いいなおれも見たいなぁー!! すぐそこにいるの?」

「心の綺麗なヤツにしか見えねんだとよ。リオには無理だな、腹黒だしな」

「なにソレばかじゃないの」

「んだとコラ」


 相変わらずなリオとレオのじゃれあいも、少しずつ馴染んできたような夕食。作り置きの非常食とそれからライオンが教えてくれた木の実を夕飯に、それぞれ焚き火を囲った。

 ライオンも口こそ開かなかったけれど、荷物をまとめた木の側に腹ばいになり、頭だけはぴんと持ち上げて遠巻きにこちらを見ている。

 湖に魚は居なかったけれど、とても澄んだその水は体の疲れを癒してくれるという。そう言われると、なんだかそう思えてくるから不思議だった。

 ライオンが美味しいと薦めてくれた木の実は果物に近いもので甘く美味しかった。お腹も気持ちも満たされた気がした。


「いつものパターンからして、うーちゃんも見えてるんでしょ? どんなカンジ? こわいの??」

「あ、はい、えっと…すごく大きくて、綺麗です」

「へー、きれいなんだ?」

「はい、とっても。森のお月様みたい」


 ライオンの居る場所だけ特別な光を発しているかのような、そんな風に見える。それは一瞬の錯覚のようにも、夜の魔法のようにも感じるから不思議だった。実際は違うのかもしれないけれど、だけどうららには暗い夜を優しく照らす光のように見えた。


『ボクは少しくらい寝なくても大丈夫だし、周りの気配には敏感だ。だからみんなは眠った方がいい』


 ライオンの言葉に甘えて、今夜は見張りは立てずみんなで揃って休むことになった。一日中歩き通しでみんな疲れていた為、有難い申し出だった。


『でも、火は消した方がいい。火は時に悪いものまで、呼んでしまうから…』


 ライオンが神妙な声でそう言ったので、寝る前に火は消すことになった。

 アオ先輩の合図で焚き火は消え、とたんに辺りは暗闇に包まれる。だけど不思議と怖くはなかった。


 なるべく草の多い場所にそれぞれ横になる。思ったよりも地面は柔らかかったし、横になると急激な眠気に襲われた。外で寝るということにあまり抵抗が無かったことには自分でも驚いたけど、とにかく体が休息を求めていたのかもしれない。

 青草の匂い、湖の水の匂い、風と呼吸だけの音、降り注ぐ月の光。それらが体にゆっくりと染み込んでくる。


 思えば旅を始めてから、はじめての野宿だ。

 慣れてきたせいだろうか。この世界への抵抗感や違和感は、少しずつ感じなくなっているように思えた。


 なにかにひかれるように緩く瞼を持ち上げると、体の隅々まで日の光が降り注いでいた。


 ――あたたかいな。ひだまりにいるみたい。なんだかとても、懐かしい匂い。なのにどうしてわたし今…泣きそうなんだろう。


 薄く開けた視界が滲み、その向こうに覗いた人影も震えた。


 ――…だめ、行かないで──

 反射的にそう思って手を伸ばした。その指先にふわりと、柔かな感触。そこで漸くうららは、目を覚ました。


『お、おはよう、うらら』


 伸ばした手の先に居たのは、いつの間にかすぐ傍にきていたライオンだった。今度は日の光を纏って輝いている。やっぱり、綺麗だ。


『……嫌な夢でも、見たの…?』


 言って、ペロリとライオンがその大きな舌でうららの頬をひと舐めした。うららはそのままライオンの黄色い毛並みの胸元に顔を押し当てた。言葉は出てこなくて、代わりに溢れていたのは涙だった。 


『…だいじょうぶだよ、うらら…夢は必ずさめるし、こわいのは、夢の中だけさ』


 ライオンの言葉に、うららはふるふると顔を押し付けたまま首を振った。

 柔らかな毛に涙が染み込んでいく。その感触を知っている気がして、だけど思い出せなくて。余計に涙が溢れる。


 ――こわい。

 夢の内容を覚えていなかった。どうしても思い出せない。胸に残るのは得体のしれない恐怖と不安。

 こわいのは夢の中じゃない。

 夢から醒めるその瞬間がこわいと、そう思った。



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