第四章 レオとライオン
第1話
軽い朝食をとった後、レオ達は一晩過ごした小屋を後にし再び森の中へと歩みを進めた。
ソラの体調はまだ心配だったが、本人が大丈夫だと笑うのでひとまずは先に進むことになった。
森の中の小屋を後にして数時間。うららとソラを先頭に、森の中の道を進む。
しかし進むにつれその道は、なんだかやたら足場が悪いというか、今までよりはるかに険しい道になっている気がしていた。
歩きづらいし、進みづらい。今までは少なくとも普通の地面を歩いていた。なのになぜか急に伸びた木の枝の間をくぐり抜けたり、腰まである草むらを、掻き分けながら進んだり、ぬかるむ道を歩いたり。ただでさえ見えぬ道を進むしかないのに疲労感ばかりが蓄積される。
相変わらず薄暗い森は、鳥や獣の鳴き声ひとつしない。頭上は鬱蒼と木々が茂り昼間だというのに日の光はほとんど届かず薄気味悪いことこの上ない。
行く道は険しく果てなく。奇妙な森に迷い込んだような錯覚と途切れさせることのできない緊張感が、余計に足取りを重くさせた。それでも今はこの道を、うららの後をついていくしかない。
ふと背後を何かが通った気がして、レオが視線を向ける。
後ろには今しがた歩いてきた草の道があるだけ。正しくは草むらだった場所がレオ達の進行を経て、道になったのだが。
――…気のせいか?
他のメンバーでレオ以外に、それに気付いた者はいないようだ。皆ただ前だけを見て黙々と歩き続けている。
だけど、いつも敵に囲まれていたレオにとって、周りには常に気を配ってきた。それはこの世界に来てからも変わらない。経験で培ってきた勘。…何かがいる気がする。
正直なんとなく予感はしていた。
リオはかかし、アオはブリキのきこり。ふたりの話を聞く限り、次はレオなのではないか。順番的に。
それぞれに願いを持ったナニかが、この世界の住人とやらが、レオ達の前に現れる。関わりを持とうとする。
ソレをうららが認識する度合いは様々だったが、確実に共有できるのはうららだけだという。この世界は確実に、うららを軸に動いている。
先頭を歩くうららに視線を向けると、今のところ特に変わった様子はない。もう半日以上歩いていた所為で、疲れは目に見てとれるぐらいだけれど。
なんにせよ、自分から厄介ごとに関わる気は毛頭ない。自分は自分のやり方を通すだけだ。レオは細心の注意を払いながら一番後ろを歩き続けた。
日が沈みかけてきた頃、漸く草と木々が僅かに開けた場所に出ることができた。
そこにあったのは──
「…湖…」
「へー、きれーだねぇ。魚ぐらいいるかなぁ」
「家は…さすがにこんな場所じゃないか」
草むらを抜けた目の前に広がっていたのは、大きな湖だった。それぞれにあたりを見回しながら情報を物色する。
休憩をとりながらではあるがほぼ一日歩き通しだったせいで、皆くたくただ。おそらくこの中じゃ一番レオが体力のある方だとは思うけれど、流石のレオも休める場所に辿り着けたことにほっと安堵した。
「辺りの様子も伺えるし、水が確保できるのは貴重だ。今日はここで、休もう」
いつの間にかアオが指示をするようになっていたが、誰ひとりそれに反論することなく一様にどっと肩を撫で下ろす。
「あとどのくらいこの森が続くのかはわからないが、長居は避けたい。なるべくはやくこの森を抜ける為にも、さっさと休んで明日ははやめに発とう」
アオの指示に皆覇気無く頷き、湖のほとりで一番大きな木の下に荷物をまとめた。今回は今までと違って屋根も壁も無い。なるべく固まっていた方が良い。
「火は、あった方が良いですよね…」
「この森に獣が居るかはしらんが、無いよりはいいいだろう」
ソラの質問にアオが神妙な顔で答える。うららが不安そうに見つめた視線の先の森は、無言で応えた。
アオが夕飯の支度をしている間に他のメンバーで焚き木を集めに湖周辺の草むらに散らばっていた時。また、あの気配がした。カサリと風に草がさざなむ音に紛れて微かに聞こえる物音。
レオは意識しないように視界の隅であたりの様子を伺いながら、視線を巡らせる。数メートル離れた草むらの中。ナニかが、居る。
レオは拾い集めた枝を片手で抱えなおし、視線は草むらから外さずに身を屈めた。足元に転がっていた一際太く手頃な木の棒をそろりと拾い上げる。
それからゆっくりと慎重に、音のする方へと向かった。
視線の先の草むらのすぐ奥は、またあの暗い森が広がっている。あの不気味な森が。
まだわずかに日は出ているものの、じき暮れる。森の中は一足も二足もはやく夜を迎えていた。
気配がするのは、ちょうどその境のあたり。近づくにつれ正確な場所が把握できるようになる。草むらの中の太い木の後ろ。
──いる。思ったより、大きい。
太い木の幹からその体がはみ出している。黒い影に縁取られるその正体は見当もつかないが、荒い息遣いからおそらく獣だろう。
すぐそこは森だし熊か猪など野生の獣が居てもおかしくはないが、この世界でそれはどこまで通じるのか。ただこの森に足を踏み入れてからここに来るまでの間、それらに遭うことは一切無かった。
そうするとやはりこの世界の住人。意図してレオの目の前に現れたもの。そう考えるのが、妥当だった。
じり、と一歩詰め寄ったその瞬間。ガサリと気配が大きく動いた。
「───…!」
その影はすぐ隣りの木に移動しただけで、こちらに向かってくるわけでもなかった。一瞬の隙をつくように移動したかと思ったら、すぐにまたその身を潜めた。やはり木から大きな影がはみ出ているのでバレバレなのだが。
しかし移動したその瞬間、レオはその姿をその目で見ることができた。その、正体を。
見間違いでないとするなら。というかあんなもの、見間違いであってほしいのだが──
「──ライオン…?」
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