第4話



 夕食をとった後、やはり交代制の見張りをたてることになった。

 夜眠れないとはいえリオにずっと見張りをやらせるわけにもいかず、順番を思案していた時。意外にも口を開いたのはリオだった。


「おれ、明かりがついててうーちゃんの隣りなら、眠れるみたい」


 アオたちにとってその根拠は不可解だったが、リオにもやはり睡眠は必要だ。眠れるのであれば、平等に休息はとるべきだろう。

 リオも加えた4人で見張りの順番を決めた結果、アオが一番最初の見張りとなった。

 各々適当に寝場所を確保し、アオを除くそれぞれが眠りにつく。

 それを確認し、ランプと蝋燭の炎を絶やさぬよう気をつけながら、アオはひとり静かに小屋を出る。

 そしてあのブリキのきこりのもとへと向かった。


『──やぁ、アオ。やっと来てくれたね。このまま見放されてしまうのかと思ったよ』

「……まぁそのつもりだったんだが、事情が変わった。君の声を聞けるのは俺だけではないようだし、彼女は呆れるくらいにお人よしみたいだからな。いずれは巻き込まれただろう。なにより聞きたいことがある」

『なんだい?ボクに答えられることならば』

「…魔法使い・オズの居場所を知っているか?」

『オズが居るのは、エメラルドの都だよ』

「……では、エメラルドの都の場所は?」

『ドロシーが知ってるはずさ』

「…………」


 ブリキのきこりのその様子に、アオは目当ての答えが返ってくることはないと悟る。長いため息を吐き出しながらメガネのフレームを押し上げた。

 やはりうららと一緒に行くということは、この世界での絶対条件のようだ。ブリキのきこりから何か情報を引き出せればという僅かばかりの期待も外れた。


「……君は…なぜそうなったんだ…?」


 最後に聞いた質問に、ブリキのきこりはどこか嬉しそうに口を開いた。振り上げたままの腕から覗くその顔は、ひどく人間くさかった。


『嬉しいなぁ、聞いてくれるのかい? ボクの話を。ずっと話す相手もいなくて、退屈だったんだ。あれはもう、ずっと前…どれくらい前だったかも忘れてしまったけれど、昔の話さ。突然雨に降られて身体がさび付いてしまってから、ボクはずっとこうして動けずにいた。助けてもらおうにも、この森を通る人は誰もいなくて…昨日森の向こうに明かりが灯っているのが運よく見えて、ずっと声を上げていたから今じゃ声までガラガラさ』

「……成程」

『アオ、ボクに油をさしてくれないかい? 小屋の中に油のカンがあるはずなんだ。そうしたら動けるようになる』

「……」

『アオが探しているものも、ソコにあるよ』


 なんでもないように言われたその言葉に、アオはわずかに目を丸くし顔を上げる。沈黙と視線に応えたのは青銅色のきこりの冷たい空洞。錆びた瞳の奥の闇。


「…君も魔法が、使えるのか?」

『ふふ、まさか。聞かなかったかい? ボクらがこうして言葉を交わせるのは、目に見えない繋がりがあるから。だからボクには分かる。アオ、君にボクの声が届くように、ボクにも君の声が聞こえるんだ。そして君とボクの願いごとは繋がっている。ボクはずっとここから動けずにいた。君もそこからずっと、動けないんだね』


 ――〝目に見えない繋がり〟? そんなものになんの意味があるというのか。そんな不確かなもの、俺は求めていない。

 そんなものただの幻想で、非現実に逃げているだけの世迷い言だ。

 ――俺は──


「──アオ先輩……っ!」


 悲鳴にも似た声に自分の名前を呼ばれ、アオは反射的に振り返った。

 いつの間にかこの名前も、定着してしまった。本当の自分の名前ですら無いのに、うららにとって、この世界にとっての真実となった。


 切羽詰ったような顔で小屋の扉から駆け寄ってくるうららのその様子にアオはふと我に返り、無駄話をし過ぎたなと頭の片隅で思った。

 いつになく動揺しているうららは、そのまま躊躇無く体ごとアオに突っ込んできた。

予期せぬ出来事ながら、自分でも意外なほどしっかりとそれを受け止めて。しがみつくその頭を見下ろしながら、ずり落ちたメガネを押し上げる。


 ――なにをしているんだ君は。

 そう口にするよりはやく、腕の中から俺を見上げたその瞳には大粒の涙を溜まっていた。堪えきれなくなったように、まくしたてるように、一息にうららは吐き出した。


「ソラが……! ソラがの様子が、おかしいんです…!! 顔色が悪くて、震えも止まらなくて、身体もすごく、つめたくて…! どうしようわたし、あんなに側にいたのにぜんぜん気付かなかった…! アオ先輩助けてくださいソラが──…!」


 言葉と同時に、その瞳から大粒の涙が溢れアオの腕に吸い込まれていく。とめどなく零れる光の粒。

 感情的な人間は嫌いだった。いつだって自分を押し付けるばかりだったから。それに変わりはないはずなのに。アオは何故か目が離せなかった。


『大丈夫だよ、うらら』


 そう言ったのは、ブリキのきこりだった。

 突然名前を呼ばれたうららはびくりと体を震わせて、声の方へと視線を向ける。それから小さく声にならない悲鳴を漏らし、アオにしがみつく手に一層力を込めた。

 ──そうか。俺に、触れたから。

 うららの目にも、ブリキのきこりの姿が映ったのだ。

 ブリキのきこりは微動だにせず言葉を続けた。


『アオがきっと助けてくれる。探してくれる。小屋の地下室へ行ってごらん、君の欲しいものはそこにある。ついでにボクの欲しいものもね。だけど、気をつけて。ボクの地下室には、魔法がかかっているんだ。大事なものがたくさんしまってあるから。一度足を踏み入れたら、本当に欲しいものを手に入れるまで戻って来れない。迷わないように、手を繋いでいくといい。待っているよ、ここで。君たちの帰りを待っている』


 うららはブリキのきこりから紡がれる言葉にじっと耳を澄ませ、その濡れた瞳にしっかりとブリキのきこりの姿を映した。今度は、逸らさずに。

 握った小さな拳が決意で揺れた。

 そこにもう迷いは無かった。



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