第4話
見上げる夜空の星が綺麗だった。作り物か、本物か。この世界の造りがどうなっているのか未だ分からないけれど、綺麗だということに変わりは無かった。
広がるとうもろこし畑と満点の星空が、視界をいっぱいに埋める。リオはその視線をゆっくり彷徨わせ、目当ての人物を見つけた。
家から少し離れた畑の柵に腰掛けながら、首が痛くならないのかなってくらいまっすぐに、その視線は夜空へと注がれている。明かりの無い薄い暗闇に、その姿はひどく儚げに見えた。
「──うーちゃん」
ゆっくりと歩み寄りながら声をかけると、驚いたように体を揺らしたうららが、勢いよく視線をリオに向ける。それからどこか気まずそうに、うららは俯いた。
「…すいません、こんな時間に」
「いいよ。ソラくんから聞いただろうけど、何があるか分からないし男共で見張りすることにしたんだ。今はおれの番。うーちゃんこそ、寝ないでだいじょぶなの?」
「はい、眠くないし…落ち着かなくて…」
「…そう。そうだね。俺も夜は寝ないから、平気だよ。良い暇つぶしになるし」
「…寝ない、んですか?」
「うん。夜に眠るの、キライなんだ」
なんでもないことのように言ったリオにうららは口を開きかけ、だけどすぐに噤んだ。
リオにとってその理由を、隠してるわけでもないから聞かれたら別に答えるけれど、うららはそれをしなかった。
「あのかかしと、話したいんだって?」
「はい…あの、なにか…、知ってそうだったので…」
「いいよ、一緒に行こう」
言いながら笑って、右手を差し出す。うらら最初意味を捉えきれずキョトンとしていたけれど、やがてわずかに顔を赤くして勢いよく首を振った。その様子に、リオは少し拗ねてみせて。
「ソラくんとはふつーに繋いでいたじゃんー」
「だってソラは…っ、その、他の人とはちがうから…」
しどろもどろになりながら顔を赤くして俯くうらら手を、半ば強引にとった。夜の風に少し冷えた、小さな手だった。
「ちがうことなんか、ひとつもないよ」
勢いよく引っぱったリオは無邪気な子どものようだった。それからうららが、あきらめたように、仕方なさそうに、わらった。
無理強いに違いは無いけれど、振りほどこうとはしなかったから。リオはその小さな手を引いて、とうもろこしの香りの中夜の道を柵に沿って進んだ。
壊れた家から歩いてすぐの所にあるとうもろこし畑を背に、かかしは変わらずリオ達を見下ろしていた。
『──やぁ。とうもろこしの味は、どうだった?』
相変わらず布に描かれたその口から声は聞こえるけれど、表情は全く変わらない。最初ほど驚きはしないけれど、やっぱり少し不可思議で不気味だ。
そんなかかしを見上げながら、リオはのんびりと答える。
「なかなか美味しかったよ、すごく甘かったし」
『だろう?自慢の味さ』
「あのさ、聞きたいことが、あるんだけど」
全く表情の無い相手と話すのってなんとなく調子を合わせずらい。うららはリオの影で相変わらず隠れるように、様子を伺っている。
『なんだい? ボクが知っていることなら、答えよう』
「なんでおれとうーちゃんにしか、きみは見えないの?」
口をついて出た一番の疑問はそれだった。リオ自身が一番、訊きたかったこと。
――うーちゃんはトクベツだとしても、じゃあ、おれは?
その関係性が、未だつかめない。
『──この世界で一番強く結ばれるのは、〝願い〟。そして君とボクの願いは、どうやらどこか似ていて、繋がっているみたいだ。だから君にはボクが、見える。…そしてうららは、この世界ととても強い繋がりを持っている。それは必然的に、住人であるボクたちとも同じことだ。だけどうららは記憶を失くし、その意識も気持ちも繋がりも薄れてしまった。だからきっと、見える君の存在が仲介になってくれたんだろう』
──願いが、似ている?
かかしの言葉に胸がざわつくのをリオは感じた。
「──おれは…願いごとなんて、ないよ」
『……』
「……きみの、願いごとは…?」
なぜだろう無意識にそう、訊いていた。
繋いだ右手の先にいるうららはただ黙って見守っている。きっと彼女も、受け止めきれていない何かを抱えながら。
かかしはどこか寂しげに、だけどしっかりした口調で、話しだした。
『ボクはね、脳みそが欲しいんだ。頭も身体もすべてわらが詰まっている。だけどわら以外はなにもない。空っぽだ。おなかも空かないし、眠る必要もない。疲れることもないから、とても便利だったけど、ずっとこうして見守るばかりだった。それがボクの仕事だったんだけど、やはり退屈だったんだ。だけどある日知恵のあるカラスに、ボクがただこうして見ているだけの存在であることが、知れてしまった。カラスは容赦なくとうもろこしを食べたし、カラスだけでなくそれを見たいろんな鳥まで、まったくボクをこわがらず、ボクをバカにしながらとうもろこしを食べ荒らした。ボクはまったくの役立たずになってしまった。…そしてカラスが言ったんだ。〝君も脳みそがあれば、こんなにバカにされることも、そこに縛られることも無いのに。この世で一番価値のあるものは、脳みそだよ〟って。ボクには考える脳みそが無いから気づかなかったけれど、ボクに一番必要なのは、きっと脳みそだったんだ。自分で何かを考えて、そして答えを見つけ出せる。そんな素敵な脳みそが、ぼくは欲しいんだ』
――夢物語だ。いくら童話の世界だとはいえ。乾いた笑いも出やしない。
「脳みそなんてあったって無くったって、なにも変わらないよ」
なぜだろう。かかしの話を途中から、冷静に聞いていられない自分がいた。
――〝脳みそが無い〟? それならおれだって、おんなじだ。見た目だけ。カタチだけの空っぽな存在。
リオにとってこの頭は、脳は…役割すら全うせずただそこにあるだけと変わらない。
だけどそれでも、生きていくのに不便はないし、望んだことも無い。
だって必要だとは、今まで思えなかったから。
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