第4話
「本題に入ろうか」
苛立ちを滲ませた声が自分達に向けられ、うららとソラは声の方へ視線を向ける。
その声の先には3人の少年たち。うらら達に一番近くにいたメガネの少年が、口を開く。
「君がオズの場所を知っていると魔女は言っていた。道がどうとか言っていたようだが、居場所さえ分かればいつまでもこうしているのは、時間の無駄だ。オズは、どこにいるって?」
「……っ、…」
その視線に、声音にうららは反射的に体が怯んだ。咄嗟に声も出せないほどに。
「道さえ分かれば、俺はひとりで行く。仲良しごっこをする気はない」
「同感だな。おまえの記憶だとかってのは、オレたちには関係ねぇことだ」
賛同の声を上げた金髪の少年が、ため息交じりに視線を上げる。
「オレはさっさと戻りてぇんだよ…!」
呻るように吐き出した言葉に思わずびくりと身構える。威圧のある声に責め立てられるようで、一歩引きながら、足元に視線を落とした。
――この道の先にオズはいると、北の魔女は言っていた。
金色に光っていたレンガの道は、いつの間にか黄色の道へと落ち着いていた。その道は丘の向こうまでまっすぐ伸びていて、果ては見えない。
慌てて口を開いたのはソラだった。
「でも、絵本の中とは言ってもなにがあるか分からないし…僕も『オズの魔法使い』のストーリーを、よく覚えていません。偶然でも必然でも目的は一緒なんだから、協力した方が…」
ソラの提案に3人の少年たちは一様に視線を向け、それぞれが意思を以って口を開いた。
「──協力? 自分ひとりでなにもできないだけだろう」
「馴れ合いなんて、弱えヤツのすることだ」
「…どーでもいーよ、帰れるなら」
――なんて協調性の欠片もないメンバーなのだろう。
うららも人のことは言えないけれど、この人たちの願いごともまったく想像つかなかった。そもそも彼らが何かを代償にしてまで、叶えたい願いがあるようには思えなかった。
ただでさえ人付き合いがあまり得意ではないうららは、正直ソラがいてくれれば大丈夫だと思っていた。そうでなくても明らかに、協力的には見えない人たち。
こわいし、コワイし、やる気なさそうだし。一緒に行動する意味を特に見出せない。
だからうららは素直にオズの居場所を口にした。
「オズは、この道の先にいるらしいです。この道がオズに繋がってるって、北の魔女は言ってました」
3人の視線を真っ向から受けて、だけど返す度胸もないうららは、足元に視線を落としながら小さく呟くように口にする。
どれくらいの道のりなのか想像もつかなかったし、『オズの魔法使い』のストーリーがどんなものだったか未だ分からないけれど。所詮、絵本の世界。そんな危険なことは無い気がした。
それにこの人たちならひとりでも大丈夫だろう。根拠は無いけどそんな気がした。少なくとも本人達は、それを希望している。
うららはいつだって、自分のことだけで手一杯だ。
「……この道…?」
金髪の少年が眉間の皺を一層深めてうららを睨む。その視線で人が殺せるんじゃないかって思うほど、こわいものだった。
「そう、です…この、金色の道…」
目を合せることはしようとせず半ば怯えながら答えたうららは、明らかに異様な空気が漂うのを肌で感じて身を竦めた。
――なんでみんな、わたしを睨んでるの? ちゃんと答えたのに。
困惑するうららにソラが困ったように苦笑いを浮かべながら、そっと肩に手を置いた。怯えるうららを気遣うように、優しい声音で。
「うらら、残念だけど…僕たちには見えないみたい。そのオズへと続く黄色の道は、どうやらうららにしか見えてないみたいだ」
――この道が…わたしにしか見えない…? と、いうことは…
「一蓮托生、ってやつだね」
うららに言ったのか、彼らに言ったのか。
ソラが緩く笑いながら言った。
「──フザケんな!!」
「…………ッ!!」
今にも噛みつかんばかりに叫んだ金髪の少年に、うららは声も出せず顔を蒼くする。そしてソラの背中にその身を隠した。
「ちょっと、うららに怒鳴らないてくださいよ、うららには何の非もないでしょう」
「怒鳴らずにいられるか!! このメンツでぞろぞろ仲良く行けってか! あぁ!?」
「……激しく不本意だが、…仕方ない」
「不本意なのはこっちも一緒だ! よりにもよって、なんでてめぇなんかと!!」
「嫌ならひとりで何処へでも行けばいいだろう。そしてさっさとのたれ死ね」
「てめぇがくたばれや!!」
その光景を見つめながらもうどうしていいか分からない気持ちでうららが呆然としていると、いつの間にか隣りにいた栗色の髪の少年が、欠伸をしながら呟いた。
「あのふたりはねぇ、学校でも会う度あんなカンジだから、気にしなくていいと思うよ」
「……へ」
「おれ達みんな、3年。クラスは違うけど。うーちゃんは?」
言って、眠たげな視線をちらりとうららに向ける。うららはその視線を受けながら、見つめ返して。思わず目をぱりくりとする。
――…うーちゃん? もしかしてわたしのこと?
そのぼんやり開かれた瞳には、自分しか映っていない。うららは自分の顔が…容姿が嫌いだった。思わずそこから視線を外し、俯く。
名前を呼ぶ人なんていなかった。あだ名で呼ばれたことなんて滅多にないから、驚いた。
動揺する自分にそう言い聞かせながら、うららは質問に答えようと口を開く。
「い、1年です。ソラも…」
「あぁ、じゃあ新入生に王子様みたいな美少年がいるって、彼のことかな」
「…おうじさま…」
「クラスの女子たちが騒いでたよ。確かにイケメンだね」
「……そう、なんですか…」
――そっか、ソラは確かに整った顔してると思ってたけど、美少年なんだ。
でもそういうと、みんな綺麗な顔立ちだとは思うけど…でもだからと言って仲良くできるかできないかは別次元の話だ。
うららはこっそり溜息をつく。
「うるさい金髪のは学校で一番のふりょーだし、いじわるーいメガネは学校で一番頭がいい。生徒会長なんだよ」
淡々と説明され、うららは如何に自分が学校での生活に関心を注いでいないかが分かった。生徒会長といえば生徒の代表だ。顔ぐらいは知っておくべきな気がした。
うららが入学してまだ2ヶ月ちょっとのはずだけれど、忘れてしまったというよりは、単純に知らないのだろう。全くピンとこなかった。〝有名〟と言っていた理由をやっと理解した。
だけど生徒会長の顔を知らなくても、未だにクラスメイトの殆どと会話すらしてなくても…うららにとって生きていくのに、なんら支障はなかったのだ。
「そうだ、うーちゃん。おれ達に名前つけてよ」
「へ……?」
いきなりの発言に思わず間抜けな声を上げたうららに、その栗色の髪の少年は続ける。
「おれ達はうーちゃんの後をついてくしかないんだし、どうせ戻ったときに忘れちゃうなら、見知ったおれ達よりうーちゃんにつけてもらった方が気楽だし」
――確かに嫌でもこれから一緒に行動するなら、呼び名はあった方がいいけれど…だけどどうして、わたしが。
「ちょっと待て勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
話を聞きつけたらしい向こうでケンカしていたはずの金髪の少年が、不服とばかりにこちらへと割り込んできた。
そんな金髪の少年を物怖じともせず、栗色の髪の少年は表情を変えずに言い放つ。
「じゃあ、自分でつける?」
「は…」
「自分で自分の呼び名つけるのって、ハズカしくない? 抵抗なければ構わないよ。どんなステキな名前で呼ばれたいのか、まぁ楽しみだけどねぇ」
「………ぐ、」
抵抗あるらしい。わずかに顔を赤くしながら(たぶん怒りもあるのだろけど)栗色の髪の少年を睨んでいる。
「まぁ、不本意ではあるが、仕方ないだろう」
メガネの少年も心底不服そうながらも、ため息交じりにその提案に賛同した。
うららはまたもや、視線の的となった。
「…え、あの…拒否権は…」
「いいじゃない、うらら。これから一緒に行動するワケだし、僕らはうららに従うしかないんだもん。うららがリーダーみたいなもんでしょ?」
「だれがお前の下っ端だ!」
言葉の端に噛みつく金髪の少年に、うんざりしたようにメガネの少年が呟く。
「もうお前は黙ってろ」
「んだとこのメガネ…!」
「ちょっとやめて下さいよもー」
話が進まないので、とにかくうららは3人に名前をつけることになってしまった。うららに拒否権はなく、もはや強制に近かった。
「……文句は、言わないでくださいね…!」
得にめちゃくちゃ不本意そうな金髪の少年とメガネの少年を見据えて前置きする。
――もう、いいや。どうせ現実に帰れればこの妙な関係も全部無かったことになるんだ。
そう思えばヤケクソで、そして気楽な旅だ。うららはそう思うことにした。
「じゃあ──」
3人からたっぷり距離を取り、隣りで苦笑いを浮かべるのソラの影に隠れながら。失礼を承知で指差しで、うららはそれぞれの名前を口にした。
さっき思い出したヘレンの記憶の片隅に、ヘレンが作ったひとつの絵本があった。それは絵本として世に出版されることはなかった、うららだけが知っている絵本。この3人は、なんとなくそのキャラクター達に似ている気がした。
博識で冷たいアオ、力は強いけれど怒りんぼのレオ、気ままで寝ぼすけのリオ――
ぬいぐるみとロボットだった彼らがおもちゃ箱から抜け出して、宝物を探しに行くお話。うららはその絵本が、そのキャラクター達が大好きだった。なぜだかわからないけれど、なんとなくそれを、思い出したのだ。
それぞれの名前を口にして、あまりの無反応さにちろりと薄目を開けて、うららが3人の様子を伺うと。
3人とも互いに無言で見合いながら、それぞれなんとも複雑そうな顔をしていた。
「まぁ、名前なんてどーでもいいけど」
「不便がなければな。名前なんてただの呼称であって特にこだわりは」
「思ったよりもいい名前つけてもらえてよかった」
とりあえず、受け止めてもらえたらしい。また文句を言われたり怒鳴られなかったことに、うららはほっと胸を撫でおろす。
「じゃあうーちゃん、行こっか!」
言いながら背中を押され、改めて黄色い道の上に立つ。
先は見えない、どこまでも続いていそうな道。奇妙な旅の、出発点。
「――大丈夫」
わずかに躊躇するその隣りで、ソラがやさしくうららの手を自らの手で包んでくれた。笑ってくれる、うららの為に。
「なにがあっても、うららは絶対に…僕が守るよ」
――…わたしはソラを、思い出したい。取り戻したい。
それが今のうららにとって、確かなことだった。
それを見失わなければ、きっと。どこまでも行ける気がした。
ソラの笑顔がうららの背をそっと押してくれる。
例えこの先に、なにが待っていようとも。
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