第29話「全てを見ている少女、あいり」
その
胸が、心が痛かった。
千依もまた、学校で居場所を無くしたのだ。
宗一の居場所を取り戻そうとしたから。
そのことに気付いてやれなかった自分が、とても
「千依っ! やめろ……お前はそんなこと、しちゃいけないっ!」
「なにさ……宗一はずっと、ずっと! あの、あいりって子に……なんなのさ!」
「わからない……なんだろうな。でも、千依……やるなら俺だけにしろっ!」
絶叫する千依は、泣いていた。
大人びた顔立ちで、大粒の涙を振りまきながら爪を振り上げる。
その
千依になら今、やられてもいいと思ったのだ。
それで彼女の気が済むなら、と。
だが、頼れる仲間がそんな彼に思い出させてくれた。
「ちょっと、宗一君っ! そゆのは駄目よん?
「我等もついている! 現実を受け入れることで
ひび割れたアスファルトが、千依の一撃で裂ける。
そこに立っていた
背後では、頼もしき
中の人である
「真瑳里、さん……三郎さんも」
「千依ちゃんだって苦しんでた、それを私達は気付けなかった。宗一君だけじゃないの、責任を感じるのは。あの時……アタシが気付いてあげてれば」
「
もうもうと立ち上がる土煙の中から、ゆらりと千依が歩み出てくる。
怒気を荒げる千依の涙は、
「宗一……アタシ、もうどうしたらいいかわかんないよ!」
「千依っ! なら――」
「いじめてた連中、やっつけちゃ駄目なの? ねえ、宗一! こいつ等、宗一をいじめてたんだよ? アタシのことも……ねえ! この異変でアタシがこんな姿になったの、意味があるんじゃないかなって……復讐しろってことじゃないかって!」
千依は元々、結構ビビリで大それたことはできない女の子だ。
彼女にとっては、宗一だけが唯一自由に接して無理や無茶を言える相手だったのだ。宗一も困らされることが多かったが、彼女の明るくラジカルな性格に何度も助けられていた。
それを今、過去へと過ぎ去るのを見てられない。
まだ、今この瞬間にできることがある筈だった。
そのことを思い出したから、宗一も、美少女騎士の身体を身構えさせる。
そして、へたりこんでいたクラスメイト達は、一目散に逃げ出した。
「くっ、くそ! 訳も分からずこんな……おい、ずらかるぞっ!」
「あ、ちょ……ま、待ってよぉ! おいてかないで!」
「にっ、逃げろ! 冗談じゃねえ、付き合ってらんねーよ!」
彼等は互いを使い捨てるように、我先にと逃げる。
それを肩越しに振り返って、ビクン! と千依が身を震わせた。
すかさず真瑳里と三郎が動いた。
武器を失ったが、宗一も飛び出す。
「……逃さないから。絶対にっ、許さないから! アタシの痛み、宗一の苦しみ……思いっ、知れえええええっ!」
胸を
次の瞬間、彼女の口から
牙の並ぶ口が耳まで裂けて、地獄の底のように真っ赤だ。
ダメージを告げる痛みが、全身を
のたうつ
白煙を巻き上げながら、なんとか耐えた宗一は叫ぶ。
「お前等、逃げろっ! 早く!」
「そ、その声……宗一? あの宗一なのかよ!」
「え、なに? その格好……やだ、恥ずかし……」
宗一はうろたえるクラスメイト達に声を荒げた。
本当はあの時、まだチャンスがあった時……いじめられた時に、言うべきだった言葉だ。
面と向かっては言えないし、怖くて言い返せなかった。
だが、今ならはっきりと言える。
千依に罪を重ねさせないため……なにより自分のために。
「いいからさっさと行けっ! そして、覚えてろ……日常が戻ってきたら、その時は……俺と千依が、お前達のいる学校に戻る時だ! きっちり精算してやる!」
「あ、ああ……」
「さあ、行け! どっかに隠れて震えてろ! 俺は……俺には、助けたい奴がいるっ!」
千依のモンスターとしてのレベルは、どれくらいだろう?
悪魔系のモンスターは、ハンティング・ファンタジアの世界でもかなり高レベルの強敵だ。多人数で総力戦を挑んで、やっと一匹倒せるかどうかというキャラクターである。
宗一くらいやりこんだプレイヤーでも、目撃例は数える
だが、上級者であり熟練者だからわかる……千依の強さ、恐ろしさが。
「宗一君、まずは千依ちゃんを無力化させるわよ! 話ができる状態にするため、悪いけど少し痛い目をみてもらいましょ」
「フハハハハッ! こんなこともあろうかと、我が極上のレアアイテムを持っておる。我は魔導師……否っ、大魔導師
三郎が視線でウィンドウを呼び出し、その中からストックされたアイテムを実体化させる。それは、宝石を散りばめた鞘に収まる一振りの剣だ。
だが、宗一はそれを手で制して首を横に振った。
「今の俺に剣は必要ないですよ……ありがとうございます、三郎さん」
「フン、そうか……そうであるな! では、我等二人が貴様の剣となり、盾となろう!」
「やれるだけやってみるから、宗一君! キミの言葉を、千依ちゃんに届けてあげて」
そして、戦闘が始まった。
真瑳里と三郎は、当たれば致命打の攻撃が乱舞する中、懸命に宗一のための道を切り開いてくれた。
僅かな光、細く不安定な道……だが、宗一は全力でその先を目指す。
千依の悲痛な声は、より強く叫ばれた。
「真瑳里さんっ! アンタみたいなできる女にはわからないんだ……アタシみたいな、弱い人間のことなんかっ!」
「ええ、わからないわ。千依ちゃんの話を、ちゃんと聞かなかったから。だから、今度は教えてくれるかしらん?」
「またそうやって、余裕ぶって!」
「あと、これだけはわかる……最初から強い人なんていないのよん? ……みんな最初は弱くて、だから強くなれるの。千依ちゃん、思い出してっ!」
珍しく真瑳里が声を荒げた。彼女が全身で動かす巨漢の戦士は、重鎧を鳴らして巨大な
片手で平然と、巨大な刃を
「いいわよ、デルッ! アタシごとやっちゃって!」
「クククッ、どうなっても知らんぞ……我に任せよ! 友よ!」
真瑳里は全力で武器を押し込み、それがへし折れるや千依に抱き着いた。全身で自由を奪うように、巨体でのしかかる。だが、細腕が嘘のような力で千依は重武装の戦士を引き剥がした。
片手で軽々と千依は、真瑳里のキャラクターを宙吊りに
だが、そこへデルドリィードの魔法が炸裂した。
全てが光に飲み込まれてゆく中、その爆心地へと宗一は走る。
「なによ、捨て身って訳!? ……宗一っ!」
「うおおっ、千依! お前はあ! やりすぎてんじゃ、ないよおおおおっ!」
握った拳を、振りかぶる。
だが、間近に迫る悪魔を見上げて、そこにいつもの千依の泣き顔を見つけてしまった。だから、肉薄の距離に踏み込んだ宗一は……静かに鉄拳を
そのまま彼は、震えて身を縮こまらせる千依に手を下ろした。
「――っ!? ……あ、あれ? そう、いち……? 宗一?」
宗一は、自分より長身になってしまった千依の、その頭をポスンとチョップした。
そして、背伸びしてその手で髪を
突然のことにキョトンとした千依だが、そのまま崩れ落ちて泣き出した。
「お前を殴れるかよ……もう、痛い思いなんかさせねえし、さ」
「う、うう……宗一……アタシ、アタシッ!」
「その格好もなんとかしないとな。……な、なあ、肩
千依は抱き着いてきた。
少しよろけたが、宗一も抱き帰して優しく背をさする。
その時、ふと声を聴いたような気がした。
会えなくなった少女、去っていった母の
そして、
テクスチャが崩壊して再構成され、先日初プレイした
盗賊の少女を
「真瑳里さん、三郎さんも。ありがとうございました。な、千依……お前も謝ってお礼しろよな? ……今すぐじゃなくてもいいから、さ」
「うん……うんっ! ごめんなさい……アタシ、ずっと辛くて……ごめんなさい」
謝るのはこっちの方だ。
そしてもう、千依を一人にはしない。
そうだろ、と呼びかける声を吸い込み、遠くで巨大な世界樹が枝葉を広げている。その奥に彌勒寺あいりが待っている、それだけを信じて宗一はさらに先へと進むのだった。
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