第23話「会えなくなってしまった娘、あいり」
あの事件から数日、
あれから、あいりから連絡はない。
「……ま、なんか改めてメールってのもな。謝るならやっぱ、直接会いたいけど」
専用のVRゴーグルを装着して、
今日もハンティング・ファンタジアは大盛況で、周囲は様々ないでたちの冒険者達がごったがえしている。
そして、宗一のログインを察知して二人の仲間が飛んできた。
『おおエンジュよ! 我が友よ!
『おつかれー、エンジュ。どう? あれからあいりちゃん、大丈夫? あいりちゃんもだけど、キミが心配よね』
ゲーム仲間のデルドリィードとバズンだ。
久々に会った二人は、女騎士エンジュこと宗一を心配してくれていた。
コンビニの店員以外に会うのは久々で、自然と宗一は奇妙な安堵感を覚えた。この世界の
戦士バズンは、年齢不詳の謎のお姉さん、
二人とはオフ会を通じて、一層仲良くなれたのが嬉しい。
あんな事件があったあとでも、それだけは宗一にとって喜びだ。
「ご
『なに、気にするな……例のプレイヤー達は公式の運営チームにも通報しておいた』
『確実に
宗一はあれからのことを、少し話した。
不思議とゲームを通じての二人には、素直になんでも話せる気がした。
そして、以前の『身近な他人』という名も顔も知らない時とは違う。こうしている今、二人もキャラの向こうに宗一を見てくれているのだ。
『なるほどね……ま、妥当なとこじゃない?
『
『で、お姉さん考えたんだけど……再会の時のために、お
『それはいい……しからば我は、ゲーム内のレアアイテムをオススメするぞ。丁度今、イベントクエストで
優しい。
変にベタベタとした優しさではないし、さりげなさがありがたい。
普段通りのデルドリィードとバズンに、思わずVRゴーグルの中で視界がぼやける。
こんなに親身になってくれるのに、どこかドライで押し付けがましくない。
二人はネットゲームの仲間で、その距離感を大事にしてるのだ。年上だからと説教もしないし、こうあるべきだと手を引くことも、背を押すこともない。ただ、隣に並んで道を指差してくれるのだ。
「ありがとうございます! ぜ、是非お願い、したいです……えっと、じゃあ」
『とりあえず週末あたりどう? あいりちゃんは確か、写真が趣味なのよね。そういう
『うむ、
『あ、それ賛成。そのビキニアーマーもエロカワで性能悪くないけど……せっかくだし、ね? よしよしっ、行こ行こー!』
こうして宗一は、あの日以来初めて能動的になにかを手につけた。
ずっとベッドで天井を見上げていると、心が腐ってゆくように
宗一はもしかしたら、あいりが好きなのかもしれない。
異性としてではなく、生徒であり妹のような存在……
だが、彼女の正体はロボット……それも、宗一の亡き母の映し身なのだ。
そのことは二人には話せない。
話す相手がいないから、今日までずっと
早速クエストへ出かけるべく、三人でアイテム等を準備する。その時、
『そうそう、エンジュ……あいりだがな』
「は、はい」
『あの右手……手の甲に大きなレンズみたいなものがあった。あれは……なんだ? 手に直接くっついていたように我には見えたぞ。しかも――ッ!? っと、なにをするバズン!』
小柄なデルドリィードを、巨漢のマッチョが片手で
顔は笑っていたが、バズンの声は
『その話、もう終わり! いい? デル。なにか必要があったら、エンジュが話してくれるわ。そうでないのなら、今まで通り
『そ、そうだな。最近のリアル
『レンズマンのコスプレ……って、今どきの若い娘は知らないか』
『……歳がばれるぞ、バズン』
それでこの話は終わりだ。
察しがいい上に細やかな配慮もあって、改めて宗一はバズンに……バズンの中の人に感謝を禁じ得ない。真瑳里は綺麗なお姉さんで、その上に良識ある大人だ。
黒いポルシェで首都高をカッ飛ばす、これはちょっといただけないが。
早速新たな武具を求めての、今日の冒険が始まった。
突然、背後から手が伸びてきて、宗一はVRゴーグルを取り上げられた。
「あ、あれっ? 誰だ……って、オイ。なに勝手に入ってきてんだ、
振り向くとそこには、両手を腰に当てた
この
宗一は今、絶賛不登校中である。
恐らく、そっとしておいてと、周囲の大人が気を回したのだろう。
千依と会うのは、あいりの服を買いに出た時以来だった。
「宗一、なぁに? 昼間っからゲームばっかりして!」
「ばっかり、って……あの、久々なんですけど、俺」
「ゲームをしてたのは認める訳ね!」
「……まあ、はい」
この世話焼きでおせっかいな幼馴染に、宗一は頭が上がらない。
どういう訳か、やたらと千依は昔から宗一に構ってくるのだ。
時には姉気取り、母親代わりといった感じで、少し
彼女はVRゴーグルを珍しそうに覗き込んで「へえ」と笑う。
そして、そのまま宗一が座るソファの横に腰掛けた。
「最近のゲームって凄いじゃないの。あ、どもどもー。……宗一、コントローラーは?」
「いいから返せ、ったく……いいや、ちょっとログアウトするから貸せって」
「ログアウト?」
「これは俺のアカウントでログインしてるゲームなの! ……お前でも遊べるやつもあっから、ちょっと待てよ」
再びVRゴーグルを奪い返し、手短に宗一は事情を説明する。デルドリィードとバズンは、それならまた後日と、笑顔でログアウトを見送ってくれた。
ネットゲームにどっぷりだからこそ、皆が現実の都合を優先する。
そして、突発的な現実でのアレコレがあっても、それで予定が変わってしまってもうろたえないのが真の上級者だ。ゲームをしてても赤子がいれば起きて泣き出すし、唐突に電気や水道の集金も来る。電話がかかってくれば出なければならないし、その電話が緊急の要件だってこともあるのだ。
「よし、っと……どれ、千依みたいなニブチンでもできるゲームは、っと」
「なによ、ちょっと! アタシが
千依は酷く小さくて、ともすればあいりと同じくらいの年頃に見える。だが、宗一と同じ高校二年生、16歳だ。もっとも、中学生に間違われるのはいい方で、うっかりすると小学生扱いされる。
長い黒髪をツインテールに
だが、千依は
「そういや千依、お前……学校は? 今日、平日だろ」
「あ、あーっ、そ、それね……うんうん、学校ね。エヘヘ……」
「なんだよ、サボったのか? しょうがない奴だな」
「う、うん……あ、ほら! 宗一が一人だと可愛そうだなあって思って。アッ、アタシも……学校行くの、やめる。今なら通信教育とかもあるしさ」
「俺をダシにすんなっての」
「なによ、宗一のくせに……お昼、作ってあげるからさ。好きでしょ? 宗一、アタシの作るナポリタン」
「……まあ、コンビニ弁当も飽きてきたとこだしな」
さっき、ゲームの中で知り合いに会ったからだろうか?
ここ数日に、一人で
「どれ……ちょっと待ってろ、千依。確かVRゴーグルがもう一つ……」
「えっ? なになに、一緒に……するの? 一緒に、ゲーム」
「たまにはお前に構ってやんないとな。ええと、どこにしまったか」
「……そ、そうよ。構ってよ……ふふ、どんなゲームがあるの? 怖いのは駄目だかんね! あと、血が出るやつとか」
彼女のリクエストで、宗一のゲームコレクションはほぼ全滅だ。
やれやれとリビングのラックに並ぶゲームを選んでいると……不意に、インターホンが鳴る。
なにかの集金だろうかと思った瞬間、ガチャリと
すぐに千依がスッ飛んでいって……直後、悲鳴にも似た声が叫ばれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます