第19話「絶体絶命な少女、あいり」
首都高速道路へとあがった黒いポルシェが、ターボエンジンを全開にして走り出す。
強烈なトラクションで加速する中、
そう、悲鳴……後部座席のデルドリィードが絶叫していた。
宗一は
「どう? エンジュ。あいりちゃんの場所、わかりそうかしら?」
エンジュというのは、宗一のゲームの中での名前だ。
レーンチェンジを繰り返して走るポルシェを、バズンはまるで自転車のように軽々と扱う。女だてらに、プロレーサー並の腕前だ。
宗一は手の平に立つ小さな少女を見下ろす。
それは、あいりが送ってきた立体映像だ。
どういう原理かは知らないが、彼女の持つ謎のデバイスの力だろう。
小さくなったゲーム内のあいりは、先程から先を指さしている。
「このまま真っ直ぐです、バズンさん!」
「オッケ、エンジュ……もとい、宗一くん? そうそう、アタシは
「ま、待てバズン! 我が秘められし名を、んごっ!」
二人の間から顔を出したデルドリィードこと三郎は、急加速で再度背後に叩きつけられた。だが、バズンの中の人である真瑳里は余裕である。
しかし、その端正な横顔は今、
優しげだった美貌は今、冴え冴えとした激情に彩られている。
「アタシ、小さい頃に
「え、ええ、以前少し」
「ネットゲームでは色んな人と遊べたし、友達もできた。初めてのオフ会も楽しかったわ。でもね……やっぱりアタシみたいな美少女は気をつけなきゃいけないのよ」
あ、自分で美少女とか言っちゃうんだ……宗一はそう思ったが、
「世の中にはね、ネットゲームやそのオフ会、SNSでの交流なんかを……
「それに、あいりが……? くっ、俺のミスだ! なんてことを」
「まだ何も終わってないわよ、宗一くん? 失敗はね、それをどうフォローするか、どう
突然の急ブレーキに、真瑳里のハンドリングが
ポルシェは甲高いスキール音と共に、インターチェンジへとドリフト走行で滑り落ちていった。まるでジェットコースターという
今のこのポルシェに比べたら、世界中のジェットコースターがゆりかごに思えるだろう。
「おいっ、バズン! 相変わらず運転が荒いではないか……後ろの
「ごめーん、三郎! でも、ちっちゃいあいりちゃんはこっちを指さしてるのよね……これ、やばい感じ。この先は確か」
宗一にも見えてきた。
ポルシェが向かう先には、高級マンションが立ち並んでいる。
東京も少し郊外に出れば、再開発が進んだ地区に高級住宅街が広がっていた。このあたりの物件は、主に外国人が日本観光のためのセカンドハウスにしているらしい。
高層ビル群はまるで、これから乗り込む魔王の城だ。
現代の電子セキュリティは、高難度のダンジョンよりも強固な防壁である。
マンションの敷地内に侵入するや、来客用の駐車スペースへとポルシェが横滑りで停車する。宗一はすぐに、転がるようにして車内から飛び出した。
「あいり、どこだ? どこにいる……俺に、俺達に教えてくれ!」
小さなあいりは手の中で、そっと空を指差す。
そびえ立つマンションの真ん中、どうやらB棟にいるらしい。
だが、当たり前だがエントラスに入ることはできない。内側からしか開けられないし、住人以外は入れないようになっているのだ。ご
真瑳里と三郎が思案する中、宗一は入る手段を求めて周囲を見渡す。
じっとしてなんかいられない。
この瞬間、この一秒の間にも……あいりの
「クソッ、どこから入れば」
「待てエンジュ……我に任せよ。こういう時こそ頭を使うのだ」
「あら、三郎。頭突きでもしてみる? アタシ、こう見えても空手六段だけど」
意外と
そして、そんな提案を三郎はしている訳ではないのだ。
「宅配便に便乗して入る……犯罪者がよくやる手だ」
「アタシ達、犯罪者をとっちめる側なんだけど」
「ま、待ってくださいバズンさん、えと、真瑳里さん? その、あいりの無事が第一で……それに、宅配便を待ってる余裕は」
今やマンションのセキュリティは、間取りや立地条件と同じくらい重要な課題だ。物件を買う時、顧客はセキュリティレベルの高さにも注目するし、マンションだからこそ高度な二重三重の予防線が必要なのだ。
こうしたマンションでは、あまり御近所同士でのコミュニケーションはない。
マンションは、それ自体が外から隔絶された一種の自治体、国だ。
その中に一度入り込まれれば、閉鎖性の高さが
「住人の出入りがあれば、訳を説明して……しかし、我の我慢にも限界は……」
「いいわ、手っ取り早く
「だから駄目だっての! 俺だって今、色々考えてるでしょうが!」
「……地が出てるわよ? 三郎」
「グヌヌ……せめて、管理側の人間と接触できれば」
その時だった。
右往左往する宗一の手の中で、あいりの立体映像が両手を広げた。
そして、まるで見えない波動を送り込むかのように、むーっ! と気迫の表情でその手を突き出す。
直後、強固なセキュリティに守られている自動ドアが全て左右に開いた。
何が起こったのか、一瞬わからなかった。
だが、理解より先に身体が動いていた。
「ナイスッ、宗一くんっ!」
「やるではないか、エンジュ……ククク、流石は我と共に戦う勇者だ」
「あいりの奴が多分……こんなことまでできるのか?」
恐らくあいりは、この分身の立体映像を送ってくるだけで精一杯だった筈だ。その証拠に、彼女が先程表示してくれた地図は、酷く簡素なものだった。
そのあいりの分身は、かなり無理をしたのではないだろうか?
先程よりノイズが多く交じる中で、徐々に足先から消え始めている。
「やばい、リソースを使い過ぎたのか? 大丈夫か、あいり……何階だ!」
「こっちにエレベーターが、宗一くんっ」
「見よ、エンジュ! バズンも……
えいやっ、というポーズであいりが手を突き出すと、勝手にエレベーターは15階へと昇り出した。
静かにエレベーターが動く中での、なにもできない
三郎はウィッグを気にしているし、真瑳里はボキボキと
チン! とベルが鳴って、ドアが開く。
エレベーターホールもかなり手の込んだもので、下のエントランス同様に落ち着いた高級感が漂っている。
あいりは消えゆく中で奥を指差し、小さく小さく
「こっちです、二人共! 待ってろよ、あいり!」
「ちょっと、宗一くん! 一人で先走らないで!」
「クッ、待てエンジュ! バズンも! ええい、スカートが邪魔だっ!」
宗一は自分でも、こんなに早く走れるとは思わなかった。
だが、向かう先で小さくドアの電子ロックが解除される音が響く。
同時に、先程まで手の中にいたあいりは消えてしまった。
迷わず室内へと、宗一は転がり込む。
広い玄関には乱雑に
瞬間、宗一の理性があらかた吹き飛ぶ。
「あいりっ! 俺だ、宗一だ! 助けに来たぞ!」
広々とした廊下を土足で走って、突き当りのドアを開く。
リビングには上品な調度品が並び、ソファには酒を飲む男達が数人……その数、六人だ。皆、血相を変えた宗一を振り返って「ああ?」と眉を潜める。
だが、それを無視して宗一はさらに奥へと走った。
「おうこら、待てェ! ガキッ、どうやって入ってきた!」
「そいつ、さっきのオフ会にいた奴じゃんかよ! あいりちゃんの保護者とかほざいてた奴だ!」
「クソッ、捕まえろ!」
慌ただしくなる中、次第に宗一は胸の不安が膨らんでゆく。
一番奥に人の気配があって、その部屋のドアを開くと……目の前が真っ暗になった。
今まさに、全裸にひん
眠らされているのか、ぴくりともしない。
そして、今まさに一人の男がズボンを脱ごうとしていたところだった。
ギリギリで間に合ったと思いたい。
そう感じた瞬間、宗一は激痛に小さく浮いて、その場に崩れ落ちる。
部屋にはもう一人の男がいたのだ。
腹部を蹴り上げられた宗一は、
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