第18話「危機に陥る少女、あいり」
先程まで談笑の輪が広がっていたお座敷には、まだ半分近くの人間が残っていた。
だが、もう半分の者達も宗一達を見て立ち上がる。
当然、
「おっ、戻ってきたな? エンジュ君。デルもバズンも」
「二次会、カラオケなんだって? いいねえ、俺達も一緒に移動しようっか」
「バズンさんって、なんか凄い車で来てましたよね、今日……の、乗せてほしいなあ、なんて。あはは……駄目? 駄目、ですかね……?」
皆、ゲームでは親しい者達ばかりだ。
逆に、そうでもない関係、
デルドリィードやバズンといった旧知の仲と、その周囲のプレイヤー達しか残っていなかった。日頃の付き合いが浅かったり、いわゆる『知り合いの知り合い』程度の仲でしかない参加者も多かったが……
店の主である父親に確認するデルドリィードは、心なしか顔が真っ青だ。
そして、逆にバズンにはまだ余裕がある。
「ふぅん、そういうの……お姉さん、許せないのよね。アタシもやられそうになった経験あるから」
「経験? あの、バズンさんっ」
「えっと、エンジュ……とっても
周囲を見渡し、そっとバズンが
ふわりといい匂いがしたが、そんなことにもときめけないくらい宗一は動揺していた。そして、耳元で
「なっ……オフパコ案件っ!? ……な、なんですか、それ」
「オフはオフ会、パコは……まあ、パコパコされちゃうのよ」
「パコパコって……あっ!」
ちょっと困ったような顔で、バズンが両手でジェスチャーを見せてくる。
右手で作った輪っかに、左手の人差し指を出し入れする仕草だ。
あとはもう、宗一でも理解できた……そして、さらなる戦慄によろける。足元が音を立てて崩れ去るかのような、そのまま
それが錯覚だとしても、立っていられない。
そのまま宗一は、その場にへたりこんでしまった。
だが、手にはまだスマートフォンが握られている。
「ほらっ、エンジュ? しっかりして
「は、はい……すぐに連絡を」
「アタシは車を回してくるから……急がないと、本当に手遅れになっちゃうわ」
バズンはジーンズのポケットから、有名な高級外車のロゴが入ったキーホルダーを取り出す。それはどうやら車の鍵のようだ。
小さくチャラチャラ鳴るそれを握りしめて、バズンも先程の優美な笑みを引っ込める。
彼女は周囲の者達にもアレコレと指示を出して、
すぐに宗一も、あいりへと電話を試みる。
「くっ、出ない!? あいり、どうしたんだ……早く電話に出てくれっ!」
回線は繋がり、呼び出し音が耳の奥へと響く。
だが、あいりが通話に応じることはなかった。
周囲の仲間達も、各々に消えた連中へと連絡を試みてくれた。
「クソッ、そういや……あいつ等、誰のフレンドなんだ?」
「デルが参加をオッケーしたってことは、悪い連中じゃないんだろうけど」
「中学生をさらっておいて、悪いもクソもあるかよ! ええと、ちょっと待て」
「ゲーム用の
「奴等の
ほんのちょっと、目を放しただけだ。
トイレに立った、そのわずか五分前後の出来事だった。
だが、それを言い訳にしている余裕などない。宗一はあいりへメールを送って、彼女のSNSを確認する。いつもの好奇心で写真を撮って
そして、悪いことに周囲の声がますます危機感を煽る。
「クッソォ、デルのチェックが甘かったんじゃないか? 多分、オフ会初参加の連中だ」
「でも、ゲームの中で人となりは……親切だったじゃないか? ほら、あの武道家の」
「それだよ、それ。やたらあいりちゃんにアイテム
「ああ、口を挟むのも差し出がましいよな……思えば俺も、それ見たわ」
宗一は周囲と協力して、あいり失踪の手がかりを探す。
だが、あまりにも情報が少ない。
ここに集まった人間達の本名、個人情報の
だからこそ、現実で会って驚くし、新鮮な喜びで親しさが増す。
しかし、それでも互いの現実でのアレコレは
あくまでゲームの同好の士、それ以上でもそれ以下でもない付き合いが好ましいからだ。
「クソッ、俺はなんて
デルドリィードが戻ってきたが、長い黒髪を揺らして首を横に振る。
彼の説明では、姿をくらました連中は最近親しくなった者達で、あいりの親衛隊みたいに取り巻きを形成していたという。そのことで、直接会ってやんわり
だが、それが裏目に出た。
まさかこんなに露骨に、行動を起こすとは思わなかったのだ。
それほどまでに、ゲームそのままのあいりは愛らしい少女なのもある。
しかし、モラルの
「すまん、エンジュ! 俺のミスだ……少し説教というか、あんまり初心者にバカスカとアイテムをやるなとか……とにかく、そういうのも含めて、話すつもりだったんだ」
「デルドリィードさん」
「みんなも、すまない! クソッ、オフ会が台無しだ……とにかく、オヤジは出てった連中が車を拾ったと言っていた。このままホテルにでも連れ込まれたら……」
その先は、想像したくはない。
それなのに、自然と脳裏にヴィジョンが浮かぶ。
乱暴に着衣を脱がされたあいりが、えっちな同人誌みたいなことをされる。薄い本がアツくなるような、しかし全然嬉しくない展開だ。そういうのは完全な創作の世界だからこそ、楽しいものなのである。
現実では決して許されない犯罪だ。
それを再確認して宗一が
その時、不意に周囲の一人が声を上げた。
「あ、あれ? おい……こんなフィギュア、誰か持ってきてたか?」
誰もが振り返る先、テーブルの上に……小さなフィギュアが立っていた。
大人気ゲーム、ハンティング・ファンタジアのキャラクターを模した美少女フィギュアである。そして……それは誰が見ても、ゲームの中のあいりそのものだった。
「おいおい、奴等の忘れ物か? これ、そっくりじゃん……なんか、趣味悪いっていうかさあ!」
「待て、触るな……もしそうなら、俺が保管しとくぜ。指紋が取れるし、今後なにかあって
「お、さっすがデル! 頭が回るじゃんかよ!」
「……だが、そんな事態は起こってほしくないな」
自嘲気味に寂しい笑みを浮かべるデルドリィード。
だが、宗一はすぐにわかった。
そのフィギュアは、トテトテとテーブルの上を歩き出したからだ。時折ノイズが混じって輪郭がぶれる、それは立体映像である。どこから投影してるのかとも思ったが、瞬時に思い出す。
あのあいりの、謎のデバイスだ。
あれは世界中のあらゆる機器を介して、様々なことができる。
その万能感たるや、正しく未来、それも遠い未来の魔法みたいである。
「すみません、それ! えっと、とりあえず……あいり! 聴こえてるんだろ? お前、ピンチになってここに映像を出したんだよな?」
小さな立体映像のあいりが大きく
だが、何も喋らない。
周囲が驚きに混乱する中で、宗一はテーブルに身を乗り出す。
「……声を出せない状況にいるんだな? 車で移動中か? 場所はわかるか?」
小さなあいりは再度頷く。
そして、自分の隣に新しい映像を現出させた。
普段より画質が荒いのは、恐らく例のデバイスにも限界があるのだろう。あいりの分身をここに送り込むのも、ひょっとしたら苦しい状況なのかもしれない。
新たな映像は単純な地図で、その中を輝く光点が移動していた。
「お、おいエンジュ……」
「デルドリィードさんっ! 皆さんも! あとで色々説明します。けど、協力してください。あいりを……俺はあいりを助けたい! 守りたいんです!」
「それは俺も、俺達も同じだ! クッ、とりあえずこのフィギュア? な、なんだこれ……実体がないぞ、これは……3D、立体映像なのか!?」
デルドリィードが小さなあいりに触れようとして、その手が
驚く彼の背後で、戻ってきたバズンが静かに声をかけてくれた。
彼女はまだ、余裕を見せている。年長者特有の、落ち着いてみせるという
「ちょっとデル、落ち着いて。キャラ、ぶれてるわよ? ほら、しっかりしなさいな、主催者の
「……フッ、そうであったな。
「スタンバってるわよん? エンジュもいい? 他のみんなはここに残って連中のSNSアカウントを探して頂戴。彼等とのちょっとした会話、ゲーム内で過ごした数分の中に……もしかしたら、キーワードが散らばってるかもしれない」
他のメンツは「よっしゃ、片っ端からググるぞ!」「なにかわかったら連絡します!」とスマートフォンに向かい始めた。
宗一は小さなあいりが手に乗るのを待って、立ち上がる。
いたいけな少女が、悪い大人の
こうして宗一は、デルドリィードとバズンに連れられ、居酒屋
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