第17話「人気者の少女、あいり」
オフ会はとても
ゲーム内の
「あいりちゃんもビール、飲んでみるかいー? なんてな、ワハハ!」
「あっ、わたしは未成年なので。でもっ、お
「いやいや、いいのいいの……って、
「エヘヘ、照れますっ」
「
あっという間にあいりは、この場のマスコットキャラクターみたいになってしまった。
宗一も、こんなに大勢の人間がいる場所に出てくるのは久々である。
変な緊張の中であいりばかり心配だったが、どうにかリラックスすることができはじめていた。そうとわかれば料理は美味しいし、ゲームでしか会ったことのなかったフレンド達との話にも華が咲いた。
主催者のデルドリィードは、あっちに呼ばれこっちに呼ばれで忙しそうである。
「……人気あんだな、デルドリィードさん。あと……あのキャラで押し通しちゃうんだ。なんか……それも、いいよな」
ゴスロリ少女デルドリィードは、ゲームの中の
彼がそうである理由、女装やなりきりプレイの訳を宗一は知らない。
思えば、何年も親しく遊んでいるのに、仲間のことは知らないことが多かった。
「えっと、エンジュ、だよね? 飲み物、足りてる?」
ふと、気付けば
ウェーブのかかった長い髪で、タレ目気味の
なにより、
ついついそこに目がいってしまって、慌てて宗一はグラスを
「あ、いえ! 飲み物はまだ……すみませんっ!」
「ふふ、謝っちゃうんだ? ……いいんだけどね、男の子なんだし」
「はあ、その……えっと、お姉さんは」
「あ、そっか。リアルでアタシと会うの、初めてなのね」
女性は
組んだ両腕の上で、たわわな胸が圧縮されて存在感を増した。
思わずゴクリと、宗一は
「アタシよ、アタシ……バズンよ」
「……へ?」
「いつもデルドリィードとアタシとで、三人で遊んでるじゃない」
「バズン、さん……ですか?」
「そ」
宗一は言葉を失った。
バズンは、
しかし、目の前にいるのはおしとやかなレディだ。
宗一が目を白黒させていると、デルドリィードが戻ってきた。
「むむ? おお、バズン。エンジュに
「ちょっとデル、酷いのよ? エンジュったらアタシの胸を」
「ちょ、ちょっとバズンさん! なにもしてないでしょう、見ただけで! ……その、ついガン見しちゃって……スミマセン」
周囲から笑いが起こった。
酒を飲んでる者もいるが、
料理も次々と片付き、それでも話題は尽きずオフ会は盛り上がっていた。そんな中で、宗一はバズンとデルドリィードにいじられながら苦笑に頭をバリボリかく。
こんなに人と話したのは、ここ最近はあいり以外は久々だ。
そして、そのことが嫌じゃない……むしろ、心地いい。
だが、プレイヤー達の中で
自分の胸に両手を当て、
心なしか、眼鏡の奥からの視線が痛い。
慌てて宗一は、あいりの不機嫌を取り繕おうとした。
「い、いやあ、でもバズンさんが女の人だなんて、び、びっくりだよな? なあ、あいり」
「……先輩、鼻の下、伸びてますぅ」
「そっ、そんなことはないぞ? うんうん……ってか、他の皆さんもこうして直接お会いすると……その、なんか俺……フレンド、多かったんだなって思って」
いつも一緒のデルドリィードやバズンだけではない。
週末しか会わないけど、週末はいつも一緒だった
他にも、そんな知り合いの知り合い、そしてその仲間達で今日は賑わっている。
あいりも周囲の笑顔の中で、最後はいつものぽややんとした笑みを見せてくれた。
だから、宗一は見逃してしまったのだ。
聞き逃してしまった。
こんな楽しい時間の片隅で、危険な闇がぽっかり口を開いていることを。
「あっ、そうそう! あいりちゃん、この間あげたアイテム、どうだった?」
「あ、えと……」
「ほら、俺が武器と一緒にあげたじゃんか。あれ、レアアイテムなんだぜー?」
「ああー、はい。ありがとうございましたっ。とっても便利でしたぁ」
「だろ? いやあでも……びっくりしたな。あいりちゃん、ゲームそのまんまで。……ううん、ゲーム以上にかわいくてさ」
気になるような話題ではなかった。
でも、気にしていなければいけなかったのだ。
だが、宗一はバズンと今後のイベントクエストの話をしたり、デルドリィードの妙な
そして、そのままお手洗いに立った。
少し浮かれていたし、奇妙な興奮に身体が熱かった。
久々に沢山の人と話して、まさに夢見心地だったと思う。
背後で声がしたのは、そんな時だった。
「エンジュよ、トイレはこっちだ。
「え? あ、ああ、デルドリィードさん」
「ささ、こっちだ」
「……その格好で、男子トイレに入るんだ……」
デルドリィードの父親が経営するダイニングキッチン、というか、居酒屋……
清潔感のある店内では、夕方前の混雑に備えて店員達が忙しく働いていた。
そして、清掃の行き届いたトイレの紳士用へと、二人は並んで進む。
スカートにフリルとレースを揺らしながら、デルドリィードも当然のように歩いた。
小用の便器に二人で並んでも、なんだか宗一は妙に落ち着かない。
だが、デルドリィードは突然意外なことを言い出した。
「今日は感謝するぞ、エンジュ」
「えっ? い、いやあ、なんです? 突然
「長らくゲームを共にしてきたが、ようやく会うことができた。不思議なものだ……何年も一緒に遊んでいるのに、顔を合わせるのは初めてなのだからな」
「そう、ですね。でも……」
「驚いたであろう? 我がこんな姿で」
デルドリィードは手短に、簡潔にプライベートの話を教えてくれた。
互いに
「我もまた、ちと学校に通えぬ日々が続いてな……今は実家の手伝いをしながら、勉強しておる。大検という資格があってな、高校を卒業してなくても大学受験ができるのだ」
「そ、そうだったんですか!?」
思えば、不登校を打ち明けた時もデルドリィードは優しかった。ような気がする。態度を変えず説教もしない、そのまま今まで通り遊び仲間でいてくれた、それは優しさだとずっと思っていた。
「あとな、エンジュよ……いや、阿南宗一よ」
「あっ! さり気なく本名バレを!」
「我とて知られておる。三郎、つまり兄が二人いるが……宗一。これからも我と仲良くしてくれ。そ、その、あれだ……俺、友達、いないからさ……お前達以外」
スカート姿で器用に、立ったまま小用を済ませてデルドリィードは手を洗うべく背を向ける。だが、鏡の中彼はちょっと怯えたような、心配そうな顔をしていた。
だから、宗一は当然の答をそのまま素直に正直に伝える。
「当然ですよ、デルドリィードさん。俺も、そして多分バズンさんも、他のみんなも……みんな仲間で、友達じゃないですか」
「……だよな? フッ……フフ、フハハハハ! やはり我の偉大過ぎる力が、同じ力を持つ者達、勇者達を
「ア、ハイ。……でも、そっちの方がデルドリィードさんらしくていいですよ」
なんだか、ずっと一緒に遊んでいたのに……初めて直接会ったら、あっという間に時間が埋まった気がした。本人を知らなかった過去を、知った今が補完してくれる。より豊かに輝かせてくれる気がした。
そうこうして二人で男子トイレを出ると……そこにはバズンが立っていた。
だが、不思議と彼女の表情には緊張感が
「ちょっとデル、
なんの話だろうか?
宗一はデルドリィードと顔を見合わせる。
そして、バズンの言葉に驚き目を見開いた。
「二次会、ホントにカラオケの予約取ってんの? なんか、一部の人が移動し始めちゃったけど……あいりちゃんを連れて」
突然の言葉に、宗一は思わず隣のデルドリィードを振り返る。
そして、そこに自分と同じく表情を凍らせた美貌を見て、察した。
楽しい時間の中に
あいりのことが心配だったし、彼女の
まだ、最悪の事態は確定していない。
だが、
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