第17話「人気者の少女、あいり」

 オフ会はとてもにぎやかで、そして和やかな雰囲気だった。

 ゲーム内のうわさや話題、そして今後の大規模アップデートの話でもちきりである。そして、話題の中心に皆が、幼いとさえ言える彌勒寺ミロクジあいりを加えてくれた。

 阿南宗一アナミソウイチも、良識的な人間の集まりだと確認して安心していた。


「あいりちゃんもビール、飲んでみるかいー? なんてな、ワハハ!」

「あっ、わたしは未成年なので。でもっ、おぎしますねぇ」

「いやいや、いいのいいの……って、あわばっかりだ!?」

「エヘヘ、照れますっ」

めてないよ!」


 あっという間にあいりは、この場のマスコットキャラクターみたいになってしまった。

 宗一も、こんなに大勢の人間がいる場所に出てくるのは久々である。

 変な緊張の中であいりばかり心配だったが、どうにかリラックスすることができはじめていた。そうとわかれば料理は美味しいし、ゲームでしか会ったことのなかったフレンド達との話にも華が咲いた。

 主催者のデルドリィードは、あっちに呼ばれこっちに呼ばれで忙しそうである。


「……人気あんだな、デルドリィードさん。あと……あのキャラで押し通しちゃうんだ。なんか……それも、いいよな」


 ゴスロリ少女デルドリィードは、ゲームの中の大魔導師だいまどうしをそのまま演じきっている。本名は三郎サブロウ、男だが全く意識させない。男なんだろと突っ込まれても、笑って流し、むしろ女装を笑いのネタにしていた。

 彼がそうである理由、女装やなりきりプレイの訳を宗一は知らない。

 思えば、何年も親しく遊んでいるのに、仲間のことは知らないことが多かった。


「えっと、エンジュ、だよね? 飲み物、足りてる?」


 ふと、気付けばとなりに一人の女性が座っていた。

 ウェーブのかかった長い髪で、タレ目気味の双眸そうぼうを優しそうに細めている。

 なにより、微笑ほほえむ顔の下になんとも立派な胸の実りが揺れていた。

 ついついそこに目がいってしまって、慌てて宗一はグラスをつかんだ。


「あ、いえ! 飲み物はまだ……すみませんっ!」

「ふふ、謝っちゃうんだ? ……いいんだけどね、男の子なんだし」

「はあ、その……えっと、お姉さんは」

「あ、そっか。リアルでアタシと会うの、初めてなのね」


 女性は悪戯いたずらのある笑みで、グイと上半身を乗り出してくる。

 組んだ両腕の上で、たわわな胸が圧縮されて存在感を増した。

 思わずゴクリと、宗一はのどを鳴らしてしまう。


「アタシよ、アタシ……バズンよ」

「……へ?」

「いつもデルドリィードとアタシとで、三人で遊んでるじゃない」

「バズン、さん……ですか?」

「そ」


 宗一は言葉を失った。

 バズンは、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる巨漢きょかんである。巨大な戦斧ハルバードでモンスターを蹴散らす、たくましい戦士なのだ。

 しかし、目の前にいるのはおしとやかなレディだ。

 貞淑ていしゅくとか静謐せいひつとか、そういう言葉が似合う美人である。

 宗一が目を白黒させていると、デルドリィードが戻ってきた。


「むむ? おお、バズン。エンジュに現世うつしよでの姿を明かしたか、クククッ!」

「ちょっとデル、酷いのよ? エンジュったらアタシの胸を」

「ちょ、ちょっとバズンさん! なにもしてないでしょう、見ただけで! ……その、ついガン見しちゃって……スミマセン」


 周囲から笑いが起こった。

 酒を飲んでる者もいるが、泥酔でいすいするほどの量は出されていない。

 料理も次々と片付き、それでも話題は尽きずオフ会は盛り上がっていた。そんな中で、宗一はバズンとデルドリィードにいじられながら苦笑に頭をバリボリかく。

 こんなに人と話したのは、ここ最近はあいり以外は久々だ。

 そして、そのことが嫌じゃない……むしろ、心地いい。

 だが、プレイヤー達の中で何故なぜか、あいりはむくれていた。

 自分の胸に両手を当て、ほおをプゥ! と膨らませている。

 心なしか、眼鏡の奥からの視線が痛い。

 慌てて宗一は、あいりの不機嫌を取り繕おうとした。


「い、いやあ、でもバズンさんが女の人だなんて、び、びっくりだよな? なあ、あいり」

「……先輩、鼻の下、伸びてますぅ」

「そっ、そんなことはないぞ? うんうん……ってか、他の皆さんもこうして直接お会いすると……その、なんか俺……フレンド、多かったんだなって思って」


 いつも一緒のデルドリィードやバズンだけではない。

 週末しか会わないけど、週末はいつも一緒だった暗黒剣士あんこくけんしの人。冒険にはさっぱり出ないが、ひたすらアイテムを生産して格安でゆずってくれる商人の人。黙ってもくもくと仲間のたてになってくれる騎士の人。

 他にも、そんな知り合いの知り合い、そしてその仲間達で今日は賑わっている。

 あいりも周囲の笑顔の中で、最後はいつものぽややんとした笑みを見せてくれた。

 だから、宗一は見逃してしまったのだ。

 聞き逃してしまった。

 こんな楽しい時間の片隅で、危険な闇がぽっかり口を開いていることを。


「あっ、そうそう! あいりちゃん、この間あげたアイテム、どうだった?」

「あ、えと……」

「ほら、俺が武器と一緒にあげたじゃんか。あれ、レアアイテムなんだぜー?」

「ああー、はい。ありがとうございましたっ。とっても便利でしたぁ」

「だろ? いやあでも……びっくりしたな。あいりちゃん、ゲームそのまんまで。……ううん、ゲーム以上にかわいくてさ」


 気になるような話題ではなかった。

 でも、気にしていなければいけなかったのだ。

 だが、宗一はバズンと今後のイベントクエストの話をしたり、デルドリィードの妙な小芝居こしばいに笑ったりしたりで、束の間の安らぎにあいりのことを忘れてしまった。

 そして、そのままお手洗いに立った。

 少し浮かれていたし、奇妙な興奮に身体が熱かった。

 久々に沢山の人と話して、まさに夢見心地だったと思う。

 背後で声がしたのは、そんな時だった。


「エンジュよ、トイレはこっちだ。われも丁度もよおしておる……参ろうか」

「え? あ、ああ、デルドリィードさん」

「ささ、こっちだ」

「……その格好で、男子トイレに入るんだ……」


 デルドリィードの父親が経営するダイニングキッチン、というか、居酒屋……山猫亭やまねこてい。その店内は意外と特殊な間取りで、奥に行くほどに広くなっている。

 清潔感のある店内では、夕方前の混雑に備えて店員達が忙しく働いていた。

 そして、清掃の行き届いたトイレの紳士用へと、二人は並んで進む。

 スカートにフリルとレースを揺らしながら、デルドリィードも当然のように歩いた。

 小用の便器に二人で並んでも、なんだか宗一は妙に落ち着かない。

 だが、デルドリィードは突然意外なことを言い出した。


「今日は感謝するぞ、エンジュ」

「えっ? い、いやあ、なんです? 突然あらたまって」

「長らくゲームを共にしてきたが、ようやく会うことができた。不思議なものだ……何年も一緒に遊んでいるのに、顔を合わせるのは初めてなのだからな」

「そう、ですね。でも……」

「驚いたであろう? 我がこんな姿で」


 デルドリィードは手短に、簡潔にプライベートの話を教えてくれた。

 互いに詮索せんさくしないのがネットゲーマーの鉄則だが、驚いている宗一へのアフターケアみたいなものだと彼は笑う。神妙に作った笑みは、彼が意図いとする通り美貌の大魔導師そのものだった。


「我もまた、ちと学校に通えぬ日々が続いてな……今は実家の手伝いをしながら、勉強しておる。大検という資格があってな、高校を卒業してなくても大学受験ができるのだ」

「そ、そうだったんですか!?」


 思えば、不登校を打ち明けた時もデルドリィードは優しかった。ような気がする。態度を変えず説教もしない、そのまま今まで通り遊び仲間でいてくれた、それは優しさだとずっと思っていた。


「あとな、エンジュよ……いや、阿南宗一よ」

「あっ! さり気なく本名バレを!」

「我とて知られておる。三郎、つまり兄が二人いるが……宗一。これからも我と仲良くしてくれ。そ、その、あれだ……俺、友達、いないからさ……お前達以外」


 スカート姿で器用に、立ったまま小用を済ませてデルドリィードは手を洗うべく背を向ける。だが、鏡の中彼はちょっと怯えたような、心配そうな顔をしていた。

 だから、宗一は当然の答をそのまま素直に正直に伝える。


「当然ですよ、デルドリィードさん。俺も、そして多分バズンさんも、他のみんなも……みんな仲間で、友達じゃないですか」

「……だよな? フッ……フフ、フハハハハ! やはり我の偉大過ぎる力が、同じ力を持つ者達、勇者達をき付けてやまないのだ!」

「ア、ハイ。……でも、そっちの方がデルドリィードさんらしくていいですよ」


 なんだか、ずっと一緒に遊んでいたのに……初めて直接会ったら、あっという間に時間が埋まった気がした。本人を知らなかった過去を、知った今が補完してくれる。より豊かに輝かせてくれる気がした。

 そうこうして二人で男子トイレを出ると……そこにはバズンが立っていた。

 だが、不思議と彼女の表情には緊張感がにじんでる。


「ちょっとデル、不味まずいかも……主催者のアンタが席を外してたから、一応アタシも止めたんだけど……やんわりとデルを待つよう言ったんだけど」


 なんの話だろうか?

 宗一はデルドリィードと顔を見合わせる。

 そして、バズンの言葉に驚き目を見開いた。


「二次会、ホントにカラオケの予約取ってんの? なんか、一部の人が移動し始めちゃったけど……


 突然の言葉に、宗一は思わず隣のデルドリィードを振り返る。

 そして、そこに自分と同じく表情を凍らせた美貌を見て、察した。

 楽しい時間の中にひそんでいた、小さな悪意が動き出す音が聴こえた気がした。

 あいりのことが心配だったし、彼女の迂闊うかつさに腹が立った。そして同じくらい……一言かけてやるべきだった自分へのいきどおりが隠せない。

 まだ、最悪の事態は確定していない。

 だが、あせる宗一がスマートフォンを取り出す、その手は震えが止まらなかった。

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