第15話「碧い瞳の少女、あいり」
あの日、
ぽややんとしたド天然の不思議ちゃん少女、
彼女が怒ることなど、ないと思っていた。
だが、その怒りは
だから、宗一は恐ろしい。
そして、
「おーい、あいり……は、入るぞ?」
今日も今日とて、宗一は彌勒寺の御屋敷に来ていた。
あれからもあいりは、変わらず宗一の生徒でいてくれる。素直で飲み込みがよく、無防備に先輩と呼んで
嫌いになれる筈がない。
ノックをしても返事がないので、宗一はそっとドアを開いた。
いつも通り片付いた部屋には、瑞々しい清潔感が満ちていた。
「……なんだ? 寝てるのかよ、あいり」
静かに足音を殺して、宗一は恐る恐る部屋へと入る。
ベッドの上で、あいりが安らかな寝息をたてていた。
以前、宗一がプレゼントしたスウェットを着ている。その薄い胸が、ほんの僅かに上下していた。お腹の上で手を組んで、仰向けに眠るこの家の
まるで、
「あちゃー、Sサイズでも少し大きかったか? そういや、
宗一がプレゼントしたのは、Sサイズのスウェットだ。だが、それでもほんの少し
まるでスウェットに着られているのが、あいりの方のようだ。
それでも彼女は、穏やかな寝顔で時々むにゃむにゃと寝言を呟く。
言葉にならない声が、
「……
そっと宗一は、ベッドの上へと身を屈める。
どういう訳か、あいりは眼鏡をしたまま眠りこけていた。
このままでは、寝返りを打ったりしたらフレームが
だが、どういう訳か眼鏡を外そうとするだけで、宗一の心臓は不用意な高鳴りを響かせる。変な緊張感に、思わず
そっと起こさぬように、両手で眼鏡に触れる。
静かに外しかけた、その時だった。
「……ん、ぁ……? 宗一、先輩?」
あいりがゆっくりと
眠たげな声に、桜色の
そして、宗一は言葉を失った。
辛うじて絞り出した声が、驚きに震える。
「お、おう……あいり、お前……目が」
眼鏡のレンズを介さぬあいりの瞳は、深い深い
限りなく
「先輩? あの」
「あ、ああ! いや、違うんだ、あいり! これは!」
「えと、んと……ど、どうぞ」
「どうぞってなんだ、おいっ!」
「続き、どうぞ?」
「なんの続きだ! 俺はただ、寝てるなら眼鏡をと思って」
しどろもどろになりながらも、宗一は手を放して後ずさる。
眼鏡をかけ直して起き上がるあいりは、心なしか残念そうにプゥと頬を膨らませた。なんでそんな、不満たっぷりな顔をされるのかわからない。
だが、眼鏡をかけた彼女の瞳は、普段と同じいつもの色だった。
「見間違い……か? いや、でも」
「先輩……? あの、さっきのは」
「いやっ! けしてやましい気持ちは! やらしい気持ちも! これっぽっちも、ないぞ!」
「……そう、ですか」
もそもそとあいりは、ベッドから降りてきた。
まだ少し眠いのか、夢見心地といった感じである。
宗一は何故か、変に
「さ、さあ、勉強しようぜ! うんうん、今日はなにを教えるかな、ハハハ、ハハ……」
「……あぃ。勉強、します」
「ど、どうした? あいり、元気ないな! まだ寝ぼけてるのか?」
「そうでも、ないです、けど……あっ、そうだ」
あいりは思い出したように、ぱむ! と手を叩いた。
そして、いつもの彼女に戻ったように見える。
宗一も安心して、妙に落ち着かない自分を隠し
「先輩っ、オフ会ってなんですか?」
「オフ会?」
「ですですっ、オフ会です。わたし、この間ゲームで、ハンティング・ファンタジアでオフ会? っていうのに、誘われちゃって」
「……怪しい集まりじゃないだろうな。すっげえ心配なんだけど」
「先輩が紹介してくれて、仲良くしてもらってる人、ですよ? ええと……デルドリィードさんですっ」
「ああ、デルドリィードか」
キャラクター名、デルドリィード。
だが、それでいてデルドリィードはネットマナーにも精通しており、紳士的である。
恐らく過去にも多くのネットゲームを遊んだことがある、上級者なのだろう。
宗一とは古くからのゲーム仲間で、共にパーティーを組むフレンドでもある。
「ま、大丈夫だとは思うけどさ……あいり、行きたいのか?」
「はいっ。父様は、宗一先輩の許可が出ればいいって」
「おいおい、おじさんは俺に丸投げかよ。……ま、信頼されてるってことか」
あいりの父親、
物心つく前に両親に先立たれた宗一を、昔から支援してくれている。施設から出ての生活も保証してくれたし、不登校な現状に対しても性急なことを言ってはこない。
宗一の自主性を信じつつ、心配してくれているのだ。
そんな彼が、愛娘に対してのおおらかな態度……それも恐らく、家庭教師たる宗一への信頼なのだと思った。
「んじゃ、行ってみるか? いつだよ、オフ会」
「次の日曜日ですっ」
「ほうほう……あ! そ、そういえば……確か、デルドリィードからゲーム内でメールが来てたような……オフ会のお誘いがあったような」
「バズンさんも来るですよ? ふふ、ゲームの外で会うのって、なんだか楽しみですね、先輩っ」
「バズンもか……そういや、二人とはリアルで会ったことがなかったな」
バズンとデルドリィードは、ゲーム仲間だ。
だが、取り立ててお互いを
だから、宗一は二人がどんな人間なのかをしらない。
ただ、良識あるゲーマーで、とても気持ちのいい人間だとわかっている。だから、あいりがオフ会の話を持ち出した時も、二人の名前を聞いて安心したくらいである。
「よし、じゃああいり……行ってみるか? オフ会」
「行きたいです、行きたいですっ。……先輩と、行きたいです」
「当たり前だろ? 俺もついてく。お前は目を離すと、なにをするかわからないからな」
「はいっ」
にふふと笑って、なんだかあいりはゴキゲンだ。
彼女は少し大きめなサイズのスウェットで、そのまま机へと向かう。
だが、勉強の準備をしながらも彼女は、思い出したように振り返った。
「そういえば先輩、最近ゲームの中にいないです……ハンティング・ファンタジア、もっと先輩と遊びたいですっ」
「ああ、悪い悪い……ちょっとなんか、色々と考え事があってな」
「そう、ですか?」
「まあ……あいり、こないだコンビニに行っただろ? あの連中、俺のクラスメイトなんだよ。で……あいつ等になんつーか、ちょっといじめられてた」
「そういう感じでしたっ! だからわたし、許せないですっ」
だが、両の
そうして宗一は、ここ最近の悩みを打ち明けた。
「あのなあ、あいり。お前、凄いデバイス持ってるのはわかったし、それがとんでもない力を秘めてるのもわかった。けどな」
「けど、な? ななな?」
「あんまし力を安易に使うなよ? こないだもほら、あいつ
「はいっ、携帯をやっつけましたぁ。綺麗さっぱり中身を消し飛ばしたんですっ」
「そういうの、よせよ。あいつ等だって困るだろうさ」
実は、その後にSNSで接触して宗一は知っていた。足跡を残さず、クラスメイト達のその後を調べていたのだ。
やはり、あの場所にいた全員が携帯電話を物理的に破壊されていた。
のみならず、データも綺麗サッパリ消し飛ばされていたというのである。
そのことで久々に、宗一の話題で彼等は盛り上がっていた。だが、学校にいない人間にはなにもできない、そこまで積極的ではないのが連中である。
「いいか、あいり……あんまし無闇やたらと力を使うな」
「でもでもっ、あの人達は悪い人ですっ。先輩に酷いことした人、ですっ」
「それでもだ。悪い人をやっつけるために、あいりまで悪い人になる必要はないだろ? 気持ちは嬉しいからさ、あいり……ちゃんとお互い、考えて行動しようぜ」
あいりは少し考え込む仕草を見せたが、大きく何度も頷いた。
そんな彼女がやっぱり、かわいいなと思う宗一なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます